GS横島〜Endless Happy Time!!〜

 

The Fox and The Grapes その2

 

 

 

 

 

 

 

「あいてっ!」

 振り下ろされた爪が皮膚を切り裂き、差し出した手を反射的に引っ込める。

「あつつ……目が覚めた途端にこれかい」

 爪を立てられ、血がにじみ出る腕に息を吹きかけながら嘆息する。

 文珠で傷ついた子狐を治療し、美智恵に事務所まで送ってもらったところまでは良かった。が、子狐が目を覚ました途端このありさまである。

 小狐にしてみれば、突然眠らされ気づいたら馴染みのない場所にいて、目の前には自分を追い立てていた人間の一人がいたのである。
目を覚ました子狐の容態をみようと差し出された横島の手に爪を立てたのも当然の反応だろう。

 和室の隅へと移動した小狐は毛を逆立てながらこちらを威嚇している。

「別におまえになんかしようってわけじゃないって。怪我は治ってるはずだけどどうだ?」

 威嚇する子狐に近づくでもなく、苦笑しながら手を振る横島に言われて、ようやく小狐は自分が負っていたはずの傷が全て癒えているのに気づいた。
横島の言葉から彼が自分の怪我を治したというのは検討が付いたがその意図までは理解できない。
なぜ、自分を追い立てていたはずの人間がそんなことをしたのか。小狐は疑問を抱きながらも横島に対して警戒を怠らない。
無論、怪我が癒えたとはいえ、失った体力や妖力まで回復したわけではない。目の前の人間が本気で自分を害しようとしたならば、どうにもできないことを理解しながら。

 そんな小狐の様子に苦笑しながら横島はどうしたもんか、と思案する。美智恵に小狐の保護を頼まれている以上、なんとかしてこの小狐と打ち解けねばならない。
とはいえ、ここまで警戒されている以上、不用意に近づいて刺激するのも逆効果だろう。

 結局、除霊に出ていた雪之丞と買い出しに出ていた愛子が戻ってくるまで、警戒する子狐とそれに苦笑する横島の立ち位置は変わることはなかった。

 

 

 

 

「当然といやぁ当然だが、随分嫌われたもんだな」

「そう思うなら少しは何か考えろよ」

 事情を聞いた雪之丞は楽しげに笑い、横島は恨めしそうに彼を睨み付ける。
雪之丞が帰ってくる頃には子狐も常に威嚇し続けているわけにもいかず、大人しく座り込んでいた。だが、近づこうとすればすぐさま威嚇の体勢に移る様から、警戒そのものが緩んだわけではない。

「人外と仲良くするのはお前の十八番だろ?俺は下手に手を出さずに見物させてもらうさ」

 根っからのバトルジャンキーである雪之丞だが、昔ならいざ知らず、無闇やたらに物の怪の類を払おうという考えは持っていない。
とはいえ、自分の性格が親睦や仲介といったような事に向いていないことも自覚している。今回の件のようなデリケートな問題ならば尚更だ。
横島が荒事を雪之丞に投げつけようと考えているのに対し、雪之丞も荒事以外の面倒ごとは横島に押し付ける算段である。
そもそも雪之丞の知る限り、人外に好かれるということに関しては横島以上の人間を知らない。何をどうしたって今回のことは横島のほうが適任なのは間違いない。

「別に好きで好かれとるわけじゃないっちゅーに」

 確かに自らが人外に好かれやすい体質なのは認めざるを得ないが、自分で意図して好かれたことなどほとんどない。
ルシオラや幽霊時代のおキヌなどはともかく、いつぞやの乙姫など本人にとって好ましくない相手から好かれることも多々あるだけにその表情が苦いものになるのは仕方ないだろう。

「はーい、お待たせー。お夕飯できたわよー」

 男二人が胡坐を掻いている絵にならない図に変化をもたらしたのは、夕食を乗せたお盆を持った愛子である。

言うまでもないが、除霊中の野営などの例外を除けば、男二人が進んで自炊をするはずもない。この三人の面子では愛子が家事担当になるのは当然の流れだった。
愛子自身、事務所の家事を取り仕切ることで密かに新婚の気分を味わって楽しんでいるので、家事担当は満更でもなかったりする。

「はい、横島クンと雪之丞クンにはきつねうどんよ」

「具の入ったうどんを食べるのも久しぶりだな〜」

「カップうどんじゃないうどんは久しぶりだぜ」

「……二人ともどんな食生活送ってたのよ?」

 嬉々として箸を取る二人に愛子は呆れ顔で呟いた。横島の事情は今更言うに及ばず、GS免許を持ってない雪之丞も、正規の仕事はほとんど無かった上に、貰った報酬は修行と旅行費に費やされていたため、横島と大差ない食生活を送っていたのだが、そんな事情を知っていてもきつねうどん程度でここまで喜ぶ二人に対して苦笑を禁じえなかった。

「ん?」

 いざ、うどんをすすろうとした横島が、ふと自分に向けられた視線に気付く。

その視線を辿ると、涎を垂らしながらこちらを注視している子狐に行き当たる。

 視線が重なった途端、子狐はサッと目を逸らすが、それでもその視線はちらちらとこちらに向けられる。
こちらを警戒していること自体は変わりないが、その挙動は明らかに先ほどまでと異なっていた。

「はは〜ん、そういうことか」

「あー、そういえばあぶらあげってのは妖狐の好物だったっけか」

 子狐の視線の意味を察した横島は、弱みを掴んだとばかりに人の悪いあくどい笑みを浮かべる。
考えてみれば子狐はここに連れてこられる以前から自衛隊に追われ、まともに食事と取る機会すらなかったはず。子狐が極限の空腹状態なのは明らかだ。

 ニヤリ、と笑みを浮かべた横島は箸で掴んだお揚げを子狐に見せ付けるように高く持ち上げ、掲げられた好物に子狐の視線は否応なく釘付けにされる。

「フハハハハ、こいつが欲しければケダモノらしく俺にふくじゅっべっ!?」

「そーいう大人気ないことはやめなさいって」

 一向に靡かない子狐の弱みを掴んだことで悪ノリしかけた横島を、愛子が手にしたお盆を一閃して黙らせる。

「ちゃんと子狐ちゃんの分は別にあるわよ。はい、どーぞ」

 そう言って愛子は皿に乗せたお稲荷を子狐へ差し出す。横島たちの夕食がきつねうどんになったのも、お稲荷用に買ったお揚げを流用したためである。
夕飯の買い出しに行く愛子に、子狐に与える餌としてドッグフードも一緒に買ってくるように頼んだ横島だったが、そこは妖怪である愛子。
種族は違えど、同じ妖怪として妖狐の好物かつ、妖力の回復にもなるお揚げをチョイスしていた。

「大丈夫よ。ここにはあなたを苛めるような怖い人はいないから、ね?」

 優しく微笑む愛子と差し出されたお稲荷を見比べながら、子狐は恐る恐る顔を近づけていく。
犬神として持つ超感覚で愛子が人間でないと悟ったのだろう、先ほどまでに比べてわずかに警戒の色が和らいでいた。

「迷ってる、迷ってる」

 とはいえ、やはり野生に生きる身として施しを受けるのに躊躇いがあるのか、中々お稲荷には手をつけず、横島たちとお稲荷を見比べながら逡巡している。

 その様子を横島はワクワクしながら、雪之丞はうどんをすすりながら見守り、愛子は優しく見守っていた。

 やがて空腹とお揚げの誘惑には勝てなかったのか、意を決したようにお稲荷に食らいつき、貪る様に食べ始めた。

「わはははははっ、しょせんは動物っ!ちょろいちょろいっ!」

「もー、そういうこと言わないの」

 愛子からすれば、横島自身、クラスメイトとのやりとりで似たようなケースを何度となく繰り返しているのである。ある意味では動物と大差ない、というか特定の条件下ではケダモノ以下である。

「か、勘違いしないでよねっ!このままじゃ妖力がなくなるからあえて食べてやっただけなんだからっ!」

「「「喋ったっ!?」」」

 お稲荷を全て食べつくした子狐は突然、人間の言葉で話したかと思うとその身から光を放ち、その姿を人間の少女のソレへと変える。

「……なんだ、ガキかぁ、ちぇっ」

「GSとしての第一声がそれか?」

「まぁ、横島クンだし」

 心底残念そうに舌打ちする横島に、GSとして反射的に身構えた雪之丞は脱力したように突っ込む。

「だ、誰がガキよっ!?っていうか、そこの目つきの悪いヤツが言うように第一声でそれはないでしょっ!?」

「つってもなぁ」

 横島からすれば絶世の美女と聞かされていたのである。実際、少女はとびきりの美少女といっても過言ではない整った容姿をしている。
顔立ちは言うに及ばず、金髪を九つにくくったナインテールとでも言うべき髪形も似合っていた。
が、それでも横島の守備範囲に入るには些か幼い。あと数年もすれば美神にも劣らぬ美貌とスタイルに成長するであろうことに疑いはないが、幸か不幸か、現在の彼女に対して横島の煩悩が働くことは無かった。
子狐であった時から薄々は予想していたが、期待も大きかっただけに落胆が大きいのも止むを得ないとこである。

 が、少女からすれば横島の呟きは侮辱以外の何者でもない。確かに今の自分は転生したてではあるが、金毛白面九尾の生まれ変わりとしてガキ扱いされるのは甚だ心外だった。

「嬢ちゃん、まともに相手するだけ無駄だぜ。何しろ横島だからな」

「そうねぇ、むしろセクハラされないだけマシって思っていたほうが良いかも」

「おまえら、それが自分の雇い主に対する態度か……!」

 額に青筋を浮かべる横島だが、対する二人の反応は実に冷ややかだった。

「「だって、横島(クン)だし」」

 身も蓋もない言葉にがっくりと肩を落とす横島。

「……アンタ、人望ないのねぇ」

「ほっとけやっ!!」

 敵意剥き出しだった少女が、思わず憐れみの声を掛けてしまうほど、横島に威厳は無かった。

「さぁさぁ、まだまだお稲荷もきつねうどんもあるから一緒に食べましょ」

「……うっ」

 愛子に肩を抱かれて食卓につかせられる少女。抵抗があるのか、わずかに身じろぎしたものの、大人しく目の前のきつねうどんに手をつける。
少なくとも追われていた自分を助け出し、怪我を癒した目の前の連中が自分に敵意を抱いていないことは間違いなかった。
 自分を追い立てた人間達の仲間だという反感はあるものの、同じ妖怪である愛子がいる以上、すぐに飛び出すのも躊躇われた。
眼前の好物の誘惑には逆らえなかったというのが一番大きいかもしれないが。

 

 

 

 

 

「で、どういうつもりなの?」

 食卓に並べられたお稲荷ときつねうどんを平らげた少女は開口一番そういった。

「何が?」

「アンタ達も妖怪退治屋なんでしょ?なんで私を助けたのよ」

 その視線は愛子には向けられず、横島と雪之丞の二人に向けられていた。

 少女のおぼろげな前世の記憶では、退魔士や陰陽師は妖怪や悪霊の類を問答無用で払っていた。
自身の前世そのものがそうであったし、彼女が見聞きした同類もほぼ同じ扱いを受けていた。
それだけにわざわざ自分を救っただけでなく、妖怪である愛子を仲間であるかのように振る舞う二人に疑問を抱いたのだ。

 問われた二人は顔を見合わせ、

「何でだ?」

「さぁ?」

 二人して首を傾げ、少女を脱力させた。

「あのね……」

「うふふっ、聞くだけムダよ。だって、横島クンなのよ?何も考えてないに決まってるじゃない」

 そんな三人の様子を愛子は可笑しそうに笑い飛ばした。

 確かにきっかけは美智絵の依頼だったが、横島ならば事情を知っていれば結局同じ事をしたであろうという確信が愛子にはある。
普段から自分の欲望に素直で、強いものには媚を売ったり、へつらう彼だが、なんだかんだで弱いものを見捨てたりできないことを知っているのだ。

「おまえ、さっきから俺に喧嘩売ってんのか?」

「だって、事実でしょ?」

「うっ、ぐっ……」

 実際、何も考えてなかっただけに反論のしようがない。

「ほらね?」

「どうやらそのようね……」

 苦悶する横島を横目に肩を竦める愛子に少女も呆れながら同意した。実際、横島の情けない様子にかなり毒気を抜かれてしまっていた。この人間に対して憤るのはバカバカしいと感じるまでに。

「ね、ところであなた、これからどうするの?」

「どうする……って言われても」

 そう問われても少女に答える術など無い。何しろ転生後まもなく追われる身になり、行く宛ても目的も無く、ただ逃げ回る日々だったのだから。

「あなたさえ、よければウチの事務所の一員にならない?」

「え?」

 だからそんな彼女にとって、愛子の一言は予想外の何者でもなかった。

「一応、お前は退治されたことになってるからもう国に追われることはないだろうけど、建前だけでもウチの所属ってことにしとけば他のGSに追われることもないしな。
 身の安全くらいは保障するぞ」

 少女にとって悪い提案ではない。前世の記憶はうっすらとしか覚えていないし、現世に対する知識もほとんど持っていない。
元来、九尾の狐は力の有る者の庇護を求める傾向にあるだけに、愛子と横島の提案は渡りに船でもあった。
――――横島が庇護を求めるに値する存在かどうかは微妙なラインだが。

「あんたもそうなの?」

「んー、まぁ、似たようなものね」

 愛子が今のように人間社会に溶け込むきっかけは間違いなく横島との一件である。まぁ、事件直後の愛子を受け入れたのは教師達であったが。
横島は最初、妖怪である愛子の受け入れに反対していたが、人間だろうと人外だろうと対応に大した差がないのが横島だ。
なんだかんだで愛子が生徒達や周りに当然のように受け入れられたのは横島の影響が大きいのだろう。

「ウチも開業したばっかりだしな。人手があると助かるんだが……どうする?」

 少女は自分に対するメリット、デメリットを計算した上でどう選択するのかが自分にベストな答えなのか思案する。

 やがて、大きなため息をつき、

「オーケー。きつねうどんが食べられるならその話を飲んであげてもいいわ」

ふふん、と不敵に笑って言った。

 少女のその答えに三人はそれぞれに笑みを浮かべる。

「んじゃ、えーっと、おまえの名前は?」

「タ……タマモ」

 自分の名前を誰かに教えるのはこれが初めてだということに気付き、少女はわずかに躊躇い、頬を染めつつ名乗った。

「俺は横島忠夫。この除霊事務所の所長だ。これからよろしくな」

「人呼んで伊達雪之丞。よろしくな、嬢ちゃん」

「私は机妖怪の愛子。タマモちゃん、仲良くしましょう」

 ぎゅっと、愛子がタマモの両手を握り締めると、途端にタマモの顔が茹蛸のように真っ赤に染まっていく。
生まれ変わってすぐに追われ続け、他者とまともに話す機会すら無かった彼女にはこのように受け入れられ、接することなど想像だにしていなかった。
要するに他者と接することに免疫がないのである。

「か、勘違いしないでよねっ!きつねうどんの為に仕方なくなんだからねっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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UP DATE 09/3/10

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最後の台詞とか微妙にタマモっぽくないかな、と思いつつコミック見直したら初登場時のタマモはこんなもんでした。

>「数分後に訪れる母親という災厄を。」
>この一文が恐怖と面白さの両方を感じさせてくれる。
実際、怒れる美智恵は美神にとって唯一恐怖を感じさせられる人間でしょうから。

>独立後にタマモ保護の話、ってのもはじめて見ましたね。
まー、大抵はタマモ加わった後に独立ってのが多いですからね。他の方と差異を出すのに割と必死だったりします。

>やっぱり独立にはタマモは欠かせないですよね(タマモ好き)
>更新されることを毎日期待することにします
二次創作でのタマモ人気は異常。更新は期待に添えられるよう頑張りたいとこですけどムラがあるのでその辺はご容赦ください。