GS横島〜Endless Happy Time!!〜

 

The Fox and The Grapes その1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、諸君!今日からめでたく我が横島除霊事務所の開業だ!」

 横島除霊事務所。美神から独立した横島が開業した事務所の記念すべき一日目である。

「それはいいんだけどな……」

「ねぇ?」

 バンと机を叩いて見栄を切った横島に対し、除霊助手である雪之丞と机妖怪こと愛子は低いテンションで顔を見合わせる。

「依頼が一件もないってのいうのはなぁ……」

「先行き不安よねー」

 深々とため息をつく二人。

「実績も知名度もないからなー」

 言うまでもないが、除霊事務所というのは開業すればそれだけで除霊の依頼が勝手に舞い込んでくる、などといった都合の良いものではない。

 美神のように実績や知名度が共に高いレベルにあれば依頼人のほうから仕事を依頼されるのだが、横島のように開業したての事務所ではそんなことはありえない。基本的にはGS協会から仕事の斡旋してもらい、それをこなしていくのが普通である。知り合いの同業者などから仕事を回してもらったり、自分の足で霊障に遭っている人間を探して除霊を申し出るといったケースもあるが、それらは効率が悪かったり、運的な要素が強いため、あまり一般的ではない。

 横島自身は”あの”美神令子の弟子として同業者から注目されているのだが、依頼する側はそんなこと知る由もない。仮に知っていたとしても、高校生が所長を勤めている実績のない事務所にわざわざ依頼をする物好きもいないだろう。

 横島除霊事務所の記念すべき一日目は見事に閑古鳥が鳴いていた。

「一応、GS協会の斡旋リストも手に入れてあるけど、内容も報酬もしょぼいわねぇ」

 GS協会のサイトからダウンロードしたリストに目を通しながら嘆息する愛子。

 GS協会に登録した事務所は登録時に専用のIDとパスワードが発行され、インターネット上のサイトを通じて斡旋される仕事の情報を得ることが出来る。とはいえ、仕事があれば無条件に斡旋を受けられるわけでもなく、過去に受けた依頼の実績や事務所の評判などから受けられる仕事のランクも変わってくるし、情報の機密性なども加味して、得られる情報も制限されている。駆け出しである横島の事務所が受けられる仕事はせいぜいが浮遊霊の対処やレベルの低い単体の悪霊退治など、報酬も数万から数十万円レベルのものである。

「今更、浮幽霊退治なんかやっててもなぁ」

 と、不満を漏らすのは雪之丞。バトルジャンキーの彼としては浮幽霊のような弱い相手より、魔族や強い妖怪などを相手にした仕事のほうがやりがいがあるのだろう。無論、駆け出しの事務所にはそうそう縁のない話である。

「ま、小さいことからコツコツやるしかないな」

 横島としても美神に発破をかけられている以上、いつまでも三流の事務所でいるわけにはいかない。美神の弟子として注目されている以上、いづれは相応に名を上げなければ、彼女に何をされるかわかったものではない。

 とはいえ、いきなり危険度の高い仕事を受けて一攫千金を狙うような気概も持ち合わせていない。駆け出しは駆け出しらしく、地味で安全な仕事からこなして少しずつランクアップすれば良いだろうと考えている。中にはレベルの高い相手もいるだろうが、そんな相手は積極的に雪之丞に押し付ける腹積もりだ。自分は安全かつ、雪之丞も喜ぶから問題はない。全くもって横島らしい考え方だった。

「家具や事務所に必要な一式を揃えるのにお金全部使っちゃったしねぇ」

「うむ、のんびり構えていられるほど余裕はないのだ」

 開業にするにあたり、美智恵からの報酬を使い、家具や事務所経営に必要なもの――PCやプリンタ、FAXなどの事務機器、除霊道具一式は一通り揃えてある。だが、家具や事務機器はまだしも除霊道具は高価なものが多い。横島も雪之丞も道具を多用するタイプではないが、見鬼くんや霊視ゴーグル、破魔札、簡易結界にも使える呪縛ロープなどと言った必需品は欠かせない。文珠でも代用は可能だが、数に限りのある以上、できる限り温存しておくべきである。

 そして命の危険がある仕事だけに安価な粗悪品を使うわけにもいかない。結果として本当に必要最低限の道具を一通り揃えただけで美智恵から受け取った金はほぼ使い果たしてしまった。

 そんな横島たちに仕事をえり好みする余裕があるはずもない。

「とりあえず、当分は質より量をこなそう。俺と雪之丞で手分けしてやればそれなりに数はこなせるだろ」

 愛子がプリントアウトした資料を手に、テキパキと仕事をより分けていく横島。一時的といえ、美神令子除霊事務所の所長代理をした経験は伊達ではない。両親の血と共に商才のほうもしっかり受け継いでいる。ちなみに本来ならばGS試験に合格したばかりの見習いGSに一人で除霊などさせないのだが、雪之丞は資格がなかっただけで、そんじょそこらのGSより経験、実力共に豊富であるため、遠慮なく仕事を任せることができる。

「んじゃま、この分担でGS協会には申請を出しておこう。愛子、頼む」

「オッケー」

 横島から渡されたリストを手に愛子が立ち上がったところで来客を告げるチャイムが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

「九尾の狐?」

「って妖狐で有名なアレ?」

「そ、白面金毛九尾の狐。日本で最も強力な妖怪として知られているものの一つね」

 来訪者はオカルトGメンの制服に身を包んだ美智恵であった。挨拶もそこそこに仕事の依頼ということで早々に横島と愛子は車の中に連行されてしまった。美智恵に対しては金銭面での恩があるのでそうそう無下に断るわけにもいかず、現場に向かう途中でこうして依頼の説明を受けている。

「元々は、殺生石で眠りについてたんだけど、最近になって転生して復活したらしいのよ」

「ってことは、今回はそいつの退治ですか?」

 横島の質問に美智恵は首を振って否定する。

「いいえ、逆よ。退治しようとしてる国から保護するの」

「へっ?だって九尾の狐っていやぁ、物語の中では大抵、悪役で悪い妖怪の代表格じゃないですか」

「傾国の妖怪とも言われてるものね」

「物語の中ではね。でも最近の調査によると、九尾の狐が原因とされている混乱や政治の火種は無関係で、単なる迷信や信憑性に欠ける推論だっていうのがわかったの」

 伝説において九尾の狐は古くは中国古代王朝の時代から時の権力者の后として取り入り、最終的には王や国に災いをもたらして滅ぼす悪役として伝えられている。殷王朝の妲己、南天竺の華陽夫人、平安時代末期の玉藻前と言ったものが該当する。そのいずれも天下一と言わしめる美しい容姿を持ち、男を惑わしたとされている。あらゆる災厄の根元として伝えられている九尾の狐だが、美智恵の言うとおり、九尾の狐は庇護を求めて、その時々の王の愛されようとしていただけで、王が病に伏したり、国が乱れた原因と一致しない。むしろ、民や人心を宥めるために、それらの責任を九尾の狐に押し付けたのではないかと見なされている。

「とはいえ、今のご時勢だと政府のお偉方は過敏に反応しちゃってねぇ。自衛隊まで狩り出して躍起になって退治しようとしているのよ」

 無論、政府からオカルトGメンに対しても出動を要請されていたが、根拠のない憶測で転生したての罪のない妖怪を退治するわけにはいかない。GSとは妖怪や霊を片っ端から退治していくだけの存在ではない。無論、人に仇名す悪霊や妖怪などの対処は行うが、それは必ずしも除霊や退治するといった実力行使に限ったものではない。必要に応じて対話や保護を行う。

「それでこっそりとその九尾の狐を助けようってわけですね?」

「そういうこと。もちろん表立って助けるわけにはいかないわ。だから民間の横島くんの手を借りたいのよ」

 Gメンに対応を断られた頭の固いお偉方は民間のGSを雇ってでも対処しようとするはずである。Gメンの代表として美智恵や西条も現場で抗議を続けるつもりだが、おそやく焼け石に水だろう。

 そこで横島の出番となる。美智恵たちの抗議をカモフラージュとして横島がこっそりと九尾の狐を保護しようという算段だ。

 信用におけるGSということで、横島に白羽の矢が立ったわけである。

「と、いう段取りで良いわね。二人とも?」

「はい」

 美智恵が考えた作戦を説明し終えたところで、しっかりと念を押す。。相手は国なのだから、オカルトGメンである美智恵があからさまな妨害行動を行ったことを察知されると、色々と面倒なことになる。彼女は彼女なりにしっかりと準備をしてこの作戦に望んでいるのだ。万が一にも失敗するわけにはいかない……のだが。

「絶世の美女かぁ……くふ、くふふっ」

「「……………」」

 邪な笑みを浮かべて鼻を伸ばす横島に激しい不安を感じる二人であった。

 

 

 

 

 

 横島たちには告げていないが、美智恵は元々娘である美神にこの任をまかせるつもりでいた。だが、いざ依頼をしようと事務所を訪問したとき、既に人工幽霊を除いた面々は外出していていなかった。この時点で美智恵の霊感が最大レベルのイヤな予感を告げていた。

 そして案の定、その予感は的中することとなる。

「まいどー!!

 現場に到着した美智恵たちを出迎えたのは乗馬スタイルに身を包んだ美神であった。美智恵の予感どおり、政府が雇った民間GSは美神令子その人であった。

「何をしてるの、あんたはっ!?」

 九尾の狐の伝承が迷信である可能性が高いのは美神とて知っているはずである。罪もない妖怪を退治するなどGSとしても母親としても看過できることではない。

「わ、私だって知らなかったのよ?ただ、金払いが良くってさー」

 美智恵に詰め寄られながら必死で弁解する美神。無論、彼女とて真相を知っていればこんな仕事を引き受けなかった。除霊対象を明記しない上に、規約を破った場合の罰則事項が過剰とも言えるほど多い、こんな依頼など、目を通し終えた瞬間に一蹴するつもりだった。だが、法外とも言える高額な報酬を目にした途端、その裏を考慮する間もなく、契約書にサインをしていたのである。

「本当にあなたって子は……っ」

 娘のその言葉だけで彼女がどういう経緯でこうなったかが瞬時に理解できると同時に、育て方を誤ったと後悔を禁じえない。

「じゃっ、そーいうわけだからーっ!」

「あっ、こら、待ちなさいっ!!」

 美智恵が頭を抱えたその隙に美神は馬に乗って走りさってしまう。

「まったく、もぅ……あの子は」

 深くため息を吐きつつ、携帯電話を取り出す。盗聴防止機能を備えたオカルトGメン特製の携帯である。

「もしもし、横島クン?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オカルトGメンって凄いのねー」

「オカルトGメンもだが、俺には隊長が一番恐ろしいぞ……」

 美智恵から連絡を受けた横島と愛子の二人は現在、特殊迷彩スーツに身を包み、森の中に潜伏していた。

 二人が身を包んでいる特殊迷彩スーツは霊波の遮断・隠蔽のみならず光学迷彩、体温偽装まで施した優れものである。

 人狼であるシロの超感覚やアンドロイドであるマリアをごまかすために、開発段階の試作品を美智恵があの手この手を使って用意させた代物だ。ご丁寧に愛子本体の机までカバーできる袋まで用意していたりする。

 国が雇った民間GSが美神だと直感で予測し、自衛隊展開した包囲網の作戦・情報を入手し、美神令子除霊事務所メンバー対策も施した作戦まで立てた美智恵を、改めて美神以上に敵に回してはならない人物だと横島は再認識していた。

「と、言ってる間にもうすぐ時間だな」

 時計で時間を確認し、手のひらに文珠を用意し、周囲を警戒する。美智恵の情報と計算によれば程なく九尾の狐はこの地点を通過するはずだ。

 美智恵の情報によると九尾の狐は自衛隊に包囲網敷かれ、美神とシロの二人に追い立てられているはずだ。金欲に支配されている美神と、狼としての狩猟本能を持つシロに躊躇いはない。捕縛結界を張っているポイントに美神とシロで追いたて、そこに待機しているマリアとおキヌが止めを刺す心算だろう。それに対して九尾の狐は転生したてである上に、ここ数日、自衛隊に追われ続けたせいで妖力もロクに残っておらず、反撃もままならないだろうと予測されている。

 おキヌだけならまだほんの子供に過ぎない九尾の狐に止めを刺すことはないだろうが、マリアがいる以上、必ずしも九尾の狐が安全という保障は無い。マリアに装備されたカメラで記録されている可能性も否定できない。それゆえに九尾の狐が捕獲される前に保護し、身代わりの式神を放つというのが横島達の作戦である。

「来たっ!」

 ガサっと物音をした方向を見れば、九つの尾を生やした子狐が一目散に横島達に向かって駆け抜けてきている。迷彩スーツのおかげで子狐は横島たちに気付いていないようだ。後ろを気にしながら必死に走っている。

「よっしゃっ、ポ○モン、GETだぜーっ!!」

「!?」

 正面から抱きかかえるような形で子狐を受け止める横島。突然、見えないナニかに拘束され自身の身に何が起きたのかわからない子狐はジタバタと暴れるが、すぐに横島の文珠によって眠らされてしまう。

「作戦遂行時間残り20秒!」

「おう!」

 愛子に急かされるまでも無く、美智恵が用意した簡易式神を起動させる。横島の手にした紙片が瞬く間に眠っている子狐と同じ姿を象る。形代と呼ばれる特殊な紙に術をかけて特定の生き物の姿・行動を模倣させるタイプの式神である。無論、自衛隊ならともかく、ただの式神では人狼であるシロの鼻は誤魔化せない。

「文珠っ!」

 そこでまたもや文珠の出番である。込められた文字は”模”。特定の対象を模倣することによって対象と同じ能力を得る効果を発揮する。この文珠の効果を得ることで式神は短時間という制限付きながら、本物の九尾の狐と比較してもほとんど区別の付かないレベルまで偽装することができる。過去に京都にタイムスリップしたとき、西郷と美神がしたことの真似事である。

「よし、行けっ!」

 眠っている本物の九尾の狐を愛子が机に隠すのとほぼ同時に式神を解き放ち、すぐに物陰に息を潜める。それから程なくしてシロがその場を通り過ぎていくのを見守り、十数分息を潜める。如何に特殊迷彩スーツとはいえ、森林の中で動けば音も立てるし、光学迷彩も見えにくいだけで完全に見えなくなっているわけではない。シロの捜索範囲から外れるまでは愛子の机に子狐を隠して九尾の狐の痕跡を立ち、じっとしている必要があった。

「もう……大丈夫かしら?」

「隊長のスケジュール通りならそろそろ平気かな」

 時計と手にした美智恵作のスケジュールを見比べながら安堵のため息をつく。ただジッとしているだけでも相手に見つかってはいけないという緊張感から心身とも大きく疲労していた。

「とりあえず美神さんにバレないうちに隊長んとこまでズラかるか」

「そうね。このスーツもあんまり着心地が良いとはいえないしねー」

「しっかし、本当に隊長のスケジュールどおりになったなぁ」

 手にしたスケジュールをみてポツリと呟く横島。九尾の狐とシロがここを通過するであろう予想時間帯が見事に一致していた。シロや美神の情報を持っていたとしてもここまで精密な予測ができるものなのか、と改めて美智恵に対して恐怖を覚える横島であった。
過去、自らが美神の歩幅や反応を予測して罠を仕掛けていたことはすっかり忘却の彼方である。

「上には上がいるものねー」

 愛子の呟きは空しく森の中に消えていった。

 

 

 

 

 

「で、この子、どうするんですか?」

 帰路につく美智恵の車の中で、眠っている子狐の頭を撫でながら尋ねる愛子。頭を撫でられながら眠っている子狐は文珠の効果がまだ持続しているらしく、スヤスヤと気持ち良さそうに眠っていた。

「それなんだけど、横島くんのとこにお願いできないかしら?」

「へ?」

 美智恵の発言にうたた寝しかけていた横島が寝耳に水とばかりに飛び起きる。

「Gメンで保護できれば良いんだけど、経緯が経緯だからあまり大っぴらにはできないのよ」

「あー、確かにそうでしょうねー」

 実情はどうあれ、やったことそのものは犯罪に取られかねない行動だ。オカルトGメンが公的機関である以上、九尾の狐を内密に保護下に置くのは難しい。九尾の狐は美神の手によって退治されたことになっているが、追われていたものとは別の妖狐と偽っても、保護した時期が時期だけに疑いを掛けられるのは避けられない。その点、民間GSである横島は、国からすればノーマ−クであり、問題なく保護できる。GS協会に保護申請を出す時期は見計らわなければならないが、新人GSの保護下に、あの伝説に名高い九尾の狐がいるとは誰も思わないだろう。

「追い回した当人である令子に任せるわけにもいかないし。あ、勿論、引き受けてくれるなら報酬も上乗せしておくわよ」

「そういうことなら別に構わないすけど」

 ちらっと愛子に目配せして可否を問うが、愛子からしても美智恵の申し出を断る理由もない。首肯することで同意の意を示す。横島除霊事務所にはまだ空き部屋もあるので、たかが狐一匹増えたところで問題が起きるはずもない。雪之丞には意見を聞く気がないが、聞かなくても文句は無いだろう。

 余談だが、宿無しであった雪之丞、学校に住み着いていた愛子共々、現在は横島除霊事務所に住み着いている。

「ありがとう。横島クンならきっとそう言ってくれると思ったわ。今日はこのまま送っていくから子狐ちゃんのことはよろしくね」

 散々追い回されたせいで、九尾の狐は人間に対して良い印象を抱いてないだろう。だが人外に好かれやすいこの男に任せておけばきっとなんとかなるだろう、と期待しつつ、これから自分が行うべきことに対して思考を切り替えていく。

「令子にはしっかりとお説教をしないといけないわね……ふふふ」

 ハンドルを握り直しながら薄ら笑いを浮かべる傍ら、助手席とその背後からひいっ、と怯える声が上がった気もするが、美智恵の耳には入っていなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はー、それにしても久々に割りの良い仕事だったわー♪」

 自らのデスクに並べられた札束を眺めながら、上機嫌で勘定を続ける美神。ここ最近はアシュタロス事件の反動で見入りの少ない依頼が続いていたのだが、久しぶりにまとめて入った大金にその頬は緩みきっていた。

「そんだけ稼いでるんじゃから、百分の一でいいからわしらにも分ける気はないか?」

「マリアにはちゃんと給料払ってるでしょーが。家賃払えるだけでも御の字と思いなさい」

 物欲しそうに机の上に並べられた札束を見つめるカオスにぴしゃりと言い放つ。

 横島の代わりの荷物持ちとしてマリアをスカウトしたおまけとして、カオスも当然のように事務所内にいるのだが、普段、彼がすべきことはない。

 何しろ全盛期はともかく今は完全なボケ老人である。極々稀に稀有な働きもするが、そんな彼に安易に仕事を任せられるはずもない。マリアを美神に雇わせる条件として月の家賃や生活費などはなんとか確保したが、それもギリギリでカオスの研究費などに回す余裕があろうはずもない。散々失敗の前科があるカオスに対して美神が研究費の投資をしようはずもない。結果、現在の彼は完全にマリアに養われている紐状態である。元から変わっていないという見解もあるが。

 相も変わらずの強欲ぶりに青筋を浮かべるカオスだが、彼がどうこうしても悪化するだけだというのは文字通り経験として身に染みているので大人しく引き下がる。

「美神さん美神さん美神さん―――――っ!!」

「おぶぅっ!?」

 そんな彼が用を足そうと部屋を出ようとしたのと、廊下からおキヌが扉を開けたのはほぼ同時だった。

「ど、どうしたの、おキヌちゃん?」

「狐さんが、狐さんがーっ!!いきなり爆発して、煙を撒いて紙になっちゃったんですーっ!!」

「な、何を言っているでござるか?」

 ソファで昼寝をしていたシロも必死で喚くおキヌの剣幕に慌てて跳ね起きた。

 ちなみにカオスはおキヌが開けた扉に顔面を強かに打ちつけ、床を転げ回っている。

「とにかく落ち着きなさい、おキヌちゃん。狐ってあの九尾の狐のこと?」

「は、はいっ!そーなんですっ。実はっ!」

 おキヌの話を要約するとこういうことである。

 九尾の狐を結界に捕らえたまでは良かったものの、その子狐がまだ何も悪事を働いていないということで結局止めを刺すことはできず、空の吸引札だけを燃やし、捕らえた子狐はマリアが背負った荷物に隠していた。

 その子狐をおキヌの部屋でこっそり手当てしていたのだが、突然ボンッと音を立ててながら一枚の紙切れになってしまい、動揺も顕わにここに駆け込んだということらしい。

「……これは簡易式神ね。なるほど、そういうことか」

 おキヌの話にさして動揺を見せず、美神は一人納得して頷いている。

「えっと、どういうことですか?」

 美神と違い、簡易式神というだけで事態を把握できないおキヌとシロが説明を求める視線を向ける。

「大したことじゃないわよ。おキヌちゃんが捕まえたのは本物じゃなくて式神を使った真っ赤な偽者。間違いなくママの仕業ね」

 指でつまんだ紙片をひらひらさせながら断言する美神。それに喰ってかかったのはシロ。

「そんなバカなっ!?式神ごときに拙者の鼻を誤魔化せるはずがござらんっ!拙者が追っていたのは間違いなく本物だったはずでござるよ!?」

 マリアの荷物に子狐が隠されているのにはシロも気付いていたが、事前に美神にそういったことがあっても黙認するように言われていた。シロに課せられた役目はあくまで追い立てることで、結界に捕らえた後のことに関しては口出しするな、と。

 とはいえ、狩りそのものに手を抜くようなことはしていない。目の前でひらひらしているようなチャチな代物ごときに犬神である自分の鼻を誤魔化すことができるはずがない。追い立てていたときの気配・霊波は間違いなく本物の獣のソレだったのだから。

「マーロウならともかく、ヒヨッコのあんたくらいなら誤魔化す手段はあるわよ。相手があのママならなおさらね」

「ぬぐぐぐっ、おのれ狐めーっ!!今度見つけたらタダではおかんでござるーっ!!」

 自らがまんまと欺かれたことを知って激昂するシロ。欺いた相手は狐ではなく、美智恵なのだが、ワザワザ突っ込むものはここにいない。

「と、いうか美神さんは全然驚いていませんね。私が狐さんを匿っていたことも、捕まえたのが式神だったことも?」

「バッカねー。横島クンならともかく私がおキヌちゃんにこんな汚れ仕事させるはずがないじゃない。きっとこうするだろうって予測してたわよ」

「美神さん……」

 美神とて罪の無い妖怪をわざわざ退治しようなどとは考えていなかった。止めを刺す役をおキヌに任せた時点でこういう行動を取ることは織り込み済みである。シロに対して言った事はもちろん、マリアにも事前におキヌの言うことに従うよう言い伏せてあった。

「ま、あの場でこんなことを仕込めるのはママしかいないから九尾の狐はママに保護されているはずよ。だから大丈夫。おキヌちゃんが心配することは何もないわ」

「はいっ」

 美智恵が保護したのならば、あの九尾の狐のことが表沙汰になることはない。美智恵ならば九尾の狐を処分することもないし、今後の心配も必要ないだろう

 美神さんはやっぱり美神さんだ。たとえ大金に目が眩もうとも、罪のない妖怪を退治したりしない、尊敬に値する雇い主だと。

「ま、私はお金さえ手に入れば後はどうでもいいんだけどねー♪」

「……美神さん」

 直前に抱いた感慨が台無しだった。

 

 鼻唄を歌いながら金勘定に戻る彼女は知らない。数分後に訪れる母親という災厄を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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UP DATE 08/12/27

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>横島の独立モノは好物です!完結までがんばってください応援します!
ういっす。あざーす。

>虎に台詞が二つもあったことに驚愕。
そっちかっ!

>おや、てっきり雪乃丞はかおりのところで見習い修行すると思ってたんですが、
>以外にも横島のところですか。
男の面子的にその可能性は低いかなー、と。
>しかし、霊能の知識の無い横島のところで修行して大丈夫なのかと心配ですね。
修行といっても名目上のことですからね。雪乃丞はモグリのGSとしてずっとやってきたわけですし。
>ま、それはともかく、人材だけは集まりつつある横島事務所。
>タマモの登場に期待大。ていうか、タマモをだして〜!ルシオラも!
>あと、ついでにタイガーも頑張れ・・・適当に。
そんなわけでタマモ出ました。台詞ないけどっ!タイガー?出番あるといいねぇ、みたいな?

>合格者の中から所員スカウト、って考えが全く見られなかったのが少し気になりました。
>入れる入れないは別にして、少し位は触れてても良かった様な気もします。
>美人のねーちゃんの除霊助手…とか妄想してるのが浮かんだもんで…
資金的にも規模的にもそういった余裕はないですね。そもそも実績の無い高校生が所長の事務所のスカウトを受ける物好きはそうそういないかと。
あとできるだけオリキャラは出したくない、かな……と氷雨さんは性格的に無理だろうしなぁ。恨み的な意味で。
>そしておキヌちゃん…黒化しない様に祈ってます。今回の位なら可愛い嫉妬レベルですが…
>SSでは黒いのがデフォなのが多くて困ります…
まぁ、多分、大丈夫……なはず。

>今回のSSも面白かったです。次回も期待しています。自分もルシオラが好きなので、早めに出してくれるとうれしいです
流れ的にもう一段楽したらだせるはず。

>6文字が”絶”対”防”御”領”域”なら4文字は”絶”対”防”壁”よりも“絶”対”防”御”の方がいいような気も
まー、そこら辺はあまり深く考えずニュアンスでやっております