リリカルブレイカー
第55話 『信じてる』
「あー、くっそ」
すっげーもやもやする。
昼休み。一人屋上へと出た俺は、弁当を食べ終えるとベンチにもたれかかる。
冬も終わりかけてるとはいえ、まだまだ外が冷えるこの時期、屋上に出るような物好きは俺の他に見当たらない。
こうして一人で考え事をするには丁度良いんだが、やっぱり寒い。
空を見上げながら小さくため息をつく。
ここ数日、ずっと胸にモヤモヤしたものを抱えたまま苛立ちが募っている。
原因なんてわかりきっている。
俺は強くなれない。そんなわかりきったことを諦めきれずにずっと燻っている。
別に俺が強くなる必要も理由もない。それがわかっているのにこの様だ。
頭ではわかっていてもどうしようもないことだけに厄介極まりない。
立ち上がってフェンスを掴む。
「あー、もう色々めんどくせぇ」
「だーれだ♪」
不意に柔らかな感触に視界が塞がれる。
「鬼ヶ島羅刹」
「…………誰?」
ボケ方を誤ったようだ。
「なんか用か、フェイト」
名前を呼ぶと、目を覆っていた手が離される。
振り返れば予想通りフェイトが立っていた。
「とゆーか、気配消して忍び寄ってくるな。ドア開けたの全然気付かなかったぞ」
「だって、そうしないと不意打ちにならないでしょ?」
「物騒だな!」
この子は日に日に染まってはいけない何かに染まっていると同時に何かが残念な子になっている気がしてならない。
誰の影響だまったく。
「あはは。ね、ゆーと」
「んー」
生返事を返しながらベンチに座ると、フェイトも隣に座ってくる。
「落ち込んでる?」
「いや全然」
「……」
間髪入れずの返答に、すぐにムッとした表情になるフェイト。
「嘘。ゆーと、無理してるよ」
「してねーよ」
「してる」
「してない」
「してる」
「してません」
「してる」
子供染みたやりとりに、静かにため息をつく。アホくさ。
「そんなに無理してるように見えたか?」
「うん。普段通りにしようとしてるだろうけど、どこかぎこちないよ。多分、なのは達も気付いてると思う」
マジか。演技力にはわりと自信があったけど、こいつらに見破られるとは。
自分で思っているより凹んでいたらしい。
「それで俺が落ち込んで、無理してたらどーだっていうんだ。言っとくけど、慰めも同情もいらんぞ。余計、惨めになるだけだからな」
仏頂面で言うと、フェイトはクスリと笑う。
何が楽しいんだか。
「ゆーとらしいね」
「さよか」
「でも、ゆーとのそういうところ、嫌いじゃないよ」
「そりゃどーも」
フェイトの言葉を適当に聞き流しながら、またしてもため息をつく。
「ただ吐き出すだけでも良いんじゃないかな」
「…………」
穏やかな笑みを浮かべるフェイトを、胡乱げに見やる。
フェイトの言うとおり、九歳の少女に、自分が感じている劣等感やら情けなさ、溜めこんでいるものを全部吐き出す姿を想像してみた。
情けなさすぎて死にそうになっただけだった。
「絶対にイヤだ」
「むー」
フェイトの眉が吊り上る。
「俺を精神的に殺す気か」
「うん、一度死んで楽になっちゃえばいいと思うよ」
「なにこの子怖い」
にこやかに言うフェイトに戦慄を覚える。思わずフェイトから距離を取るように後ずさりしてしまう。
リンディさん色々教育間違えてませんか。
「えへん」
「そこ威張るとこ違う」
可愛らしく胸を張るフェイトだが、そこはいろいろ間違っていると思う。
なんでこんな残念な子になってるの、本当。可愛いけど。
「冗談はおいといて、勇斗はもっと色々楽にしていいと思うよ」
「充分過ぎるほど楽にしてるがなー」
できないことはしない。頑張り過ぎない程度に無理をしない。それが俺の基本スタンスだ。
面倒なことは必要最低限しかしないのに、これ以上楽にしろと言われても。
「普段の生活じゃなくて、何かあった時に抱え込みすぎなの」
そもそも何かを抱え込んだ覚えがないのだが。ジュエルシードんときも闇の書の時も基本は他人に丸投げである。
ちょっとフェイトが何を言いたいのかわからない。
フェイトから見て、何がそう見えているんだろうか。
「と言われても。具体的にどうしろと」
「誰かに甘えればいいんじゃないかな。私とか」
「…………」
間。
「……ハッ」
思いっきり鼻で笑ってやった。
「痛い痛い!?」
フェイトは無言で俺の腕を抓ってきた。
地味に力入っててマジに痛いんですけど!?
「むぅぅぅ、私じゃダメ?」
「甘える相手としては不適切だろう」
即答してやったら、フェイトはますます仏頂面になっていく。
うん、甘えるよりこうやってからかう相手のほうが適切だ。
「というより俺は甘えるより甘やかしたい。というわけでカモン」
ポンポンと揃えた膝を叩く。
「え?」
俺の行為が何を意味するのかわからず、きょとんとするフェイト。
「膝枕させろ」
「え」
ポンポンと催促するように膝を叩く。
「え?私?私がゆーとに膝枕してもらうの!?」
僅かの間を置いてようやくフェイトの理解が追いついたようだ。
狼狽する姿が見てて楽しい。
「そ」
「なんで!?」
「なんとなくそういう気分なんだ」
「意味がわからないよ……」
「大丈夫、俺だってわかってない。ただ、なんとなくそうしたいだけだ」
「うぅ……ゆーとってそういうのばっかりだよね」
「基本、その場の勢いとノリで生きてるからな。それでどーする?膝枕させてくれないのか?」
「うぅ……だ、だって恥ずかしいよ」
俺はそうやって恥ずかしがるフェイトを見るのが大好きです。
「そうかぁ、俺の膝枕はイヤかぁ。欝だ。死のう」
心底、残念そうに呟いてみた。
「い、嫌じゃないよっ!ただなんか恥ずかしいだけだもん」
そう言って、顔を赤くしながらもじもじするフェイト。
可愛い!可愛いよ、この幼女!
「え、えと……お邪魔します」
覚悟を決めたのか、おずおずとフェイトは俺の膝に頭を載せる。
膝に心地よい重みを感じながら、フェイトの髪に手を伸ばし、ゆっくりと撫でていく。
「ん」
フェイトが気持ちよさそうに声を上げる。
思いつきでやってみたけど、これはこれで悪くない。
色々モヤモヤしてたものが全部吹っ飛んで穏やかな気分になれる。
冷静に考えれば俺が強くなる必要なんてない。こうした日常で戦うことなんてないのだから。
ないんだけど、やっぱりスッキリしない。
弱いままの自分が嫌だ。だけど強くなる見込みがないというジレンマ。
理屈じゃ納得出来ない感情がひたすら自分の中で渦巻いている。堂々巡りだ。
「ゆーと」
「ん?」
フェイトは俺に撫でられたまま語り続ける。
「ゆーとがやりたいことをやればいいんだと思うよ」
「…………」
「大丈夫。ゆーとならきっと上手くいくから」
「そういう根拠のない断定やめれ。ただのプレッシャーだから。買い被り過ぎだから。んなわけねーから」
「ヤダ」
「駄々っ子か、貴様」
「えへへー」
このフェイトちゃん、随分小憎らしい反応してくれますね。
よい度胸だ。
俺は深々とため息をついて言ってやった。
「やっぱおまえレヴィのオリジナルだわ」
「どういう意味!?」
ガバっと起き上がるフェイト。微妙に泣きそうな顔だ。
「色々残念なアホの子という意味だ」
「えぇっ!?」
フェイトの反応がイチイチ楽しい。というか、お前微妙にレヴィのことをアレだと思ってたな。
「って、そうじゃなくて!」
ガシッと手を掴まれた。だから、顔が近い。
「ゆーとならきっと大丈夫。ゆーとが考えて、悩んで、その上で出した答えならきっと正しいんだよ」
「だからその根拠は何だ」
「だってゆーとだもん」
そう言ってにっこりと笑うフェイト。
可愛いけどそのその純真無垢で無条件の信頼が痛いんですけど!
いろいろ汚れきった自分を自覚して心が痛いんですけど!
「俺だって間違えるぞ」
「うん。でもゆーとは一人じゃないでしょ。シュテルもディアーチェもレヴィも傍にいる。私だって今は魔力使えないけど、ゆーとが困ってる時はいつでも力になるよ。なのはもクロノもはやても。きっと皆がゆーとを助けてくれる。ゆーとが私達を助けてくれたみたいに」
「…………」
うまく言葉が出てこない。
確かに俺一人では何も出来ない。俺が助けを求めれば、皆はきっと力を貸してくれるだろう。
ただ俺はそんなことをしてもらえるほど、大したことをしてこれたんだろうか。
闇雲に突っ走って、結果オーライになっただけで、そこまで言ってもらえる価値などあるんだろうか。
俺の葛藤を見透かしたように、フェイトは穏やかな声で言う。
「ゆーとはいつだって誰かの為に怒って、誰かを助けるためにいっぱい怪我して、誰かの為に一生懸命頑張ってる」
「いや、俺が自分がそうしたいからそうしてるだけで、誰かの為になんて殊勝なことはしたことないぞ」
「だから私はゆーとを信じてる。ゆーとならきっとうまくできるよ」
ぼそりと言った呟いた俺の言葉は見事にスルーされた。
……………………もうやだ、この子。
なんで俺なんかにそんな真っ直ぐな信頼向けてくるの。
そんな恥ずかしい台詞がスラスラ出てくるの。
フェイトの顔を直視できず、顔を逸らしてしまう。
きっと今の俺の顔は赤くなってる。聞いてるこっちが恥ずかしくなる。
くっそぅ。そこまで信頼されたらその気になってしまうじゃないか。
できなくてもやるしかない。そんな気持ちにさせられてしまう。
「まったく……恥ずかしいことを言う奴だな」
「えへへ、そうかな?」
はにかむフェイト。
幼女にノセられてるようじゃ、俺もまだまだだな。
色々精進せねばならんが、今は先に出さなきゃならない答えがある。
「でも、ありがとな。少し気が楽になった」
「うん」
答えはまだ出せていない。
だけど、その答えを出すために、この小さな少女に背中を押してもらえたのは確かだった。
「こうしてお前と散歩するのも随分と久しぶりだな」
珍しく平日に休みの父さんから散歩に誘われた。
特に断る理由もないまま、他愛のない話をしながら臨海公園まで来たのだが。
「で、悩み事は解決したか?」
「…………」
前触れもなくいきなり切り込んできた。
沈黙する俺に、父さんはニヤリと笑って見せる。
「朝から比べると随分すっきりした顔つきになっていたからな。学校で何かあったか」
ぐぬぅ。内心を見透かされたようで面白くないと思う反面、父さんになら仕方ないかとも思ってしまう。
この分なら母さんにもバレバレなのだろう。
ていうか、そんなに俺わかりやすい?フェイトの件といい、内心を見透かされるのは色々面白くない。
「そう不貞腐れるな。何年お前を育ててきたと思ってるんだ。親をあんまり甘くみないほうがいいな」
「へいへい」
父さんが乱暴に俺の頭を撫でてくる。甘く見たつもりはないのだが、やっぱり面白くない。
「解決はまだしてないけど……背中は押してもらったかな」
「ほほぅ……ちなみに相手は誰だ?フェイトちゃん?なのはちゃん?それともすずかちゃんか?」
父さんのことは尊敬してるし、父親としてわりと理想だと思うけど、こういうところはちょっとアレかな、うん。
真っ先にフェイトを上げてるあたりがなんとも嫌な嗅覚をしている。
「ノーコメント」
「ふふん。否定しないということはその中の誰かと言うことか」
「ノーコメント」
ここでノったら相手の思うつぼだ。ジロリと一瞥するだけでそれ以上の反応はしない。
「ははっ。まぁ、いい。それで答えは出せそうか?」
「……どうかな」
背中は押してもらった。気持ち的には無茶でも挑んでみたい。
だが、失敗する確率が遥かに高いことへの挑戦はどうしても二の足を踏んでしまう。
やるだけやっても上手くいかず、全部無駄になる。それが怖い。
「やれやれ。おまえは昔から、物分かりが良すぎるからな。……最近は大分無茶するようになったきたみたいだけど」
自分で言うのもなんだが、今の自分は世間一般から見れば物分かりの良い子供として生きてきたと思う。
学校での成績は優秀だし、親に対しても我儘らしい我儘を言った記憶もない。
中身を考えれば、まったくもって当たり前のことなのだが。
「勉強も良くできるし、お父さんとお母さんを困らせるような我儘は全然言わない。勇斗はお父さんたちの自慢の息子だ。だけどおまえはもっと自分に素直になるべきだな」
ぐりぐりと頭を乱暴に撫でてくる父さん。フェイトも似たようなこと言ってたな。
「と、言われてもなぁ」
仏頂面のまま、されるがままに小さくため息をつく。
自分なりに十分すぎるほど素直に生きているつもりなのだ。
アリサあたりから見れば、十分すぎるほどフリーダムに生きてることだろう。
「自分にできないことはしない。自分にできることだけをしっかりやっていく。それは大事なことだ。だけど、それだけじゃ小さくまとまるだけで、自分の可能性を狭めるだけだぞ」
「…………」
今の言葉はぐさりと来た。
人並みの努力はすることがあっても、それ以上のことをしてこなかった。平凡な自分が何かをして、大成することもないと思っているからだ。
できないことは無理してやらない、と言えば聞こえはいいが、それは自分の枠以上のことに対して挑むことをしなかっただけだ。
人並みに頑張り、人並みにできればそれで良いという諦観がそこにあった。
「いざっていうときは、大分無茶するみたいだけどな。普段そこそこにしか頑張らない人間が無理したところで、結果はたかが知れてるもんだ。なぁ?」
「…………」
人の痛いとこざっくざっく斬り抉ってきますね!
ここんとこそんなんばっかりだからマジにで心に痛いとこだ。
「フッフッフ、だいぶダメージを受けているようだな」
「……楽しそうだね」
「ハッハッハッハッ!凹んだおまえを見るのは実に楽しいなぁ!普段、どれだけ弄ってもさらりとスルーするから面白みがなかったんだ。さぁ、もっと凹め!絶望しろ!」
「それが父親の言うことかぁーっ!?」
悪役よろしく両手を広げて高笑いする父親に思わず突っ込んでしまう。いい歳こいて恥ずかしいことしてんじゃねぇよ!おもいっきり殴りてぇ!
駄目だ、この親父。早く何とかしないと。
「そうそう。そうやって、子供はもっと子供らしく感情を表に出していけ。溜めこむ必要なんてないぞ」
「…………」
「やりたいと思ったら失敗することなんて考えずに突っ走れ。無理無茶無謀は若者の特権だ」
前言撤回。してやられた。父さんは意地の悪い笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「いくらでも当たって砕けてこい。好きなだけ挫折すればいい。挫折して、立ち上がった時こそ人間は成長するもんだ。一人で立てなくなっても、お前の周りには引っ張りあげてくれる友達がたくさんいるだろうさ」
脳裏に浮かぶのは、なのはやフェイト、八神家にクロノやユーノ。そしてマテリアル達三人。
積極的に手を引っ張ってくれそうな奴らから、嫌々ながらもなんだかんだで引っ張ってくれそうな奴らばっかだった。
人がどんなに渋っても、引き摺ってでも引っ張っていきそうな奴らばっかだな、おい。
「……怪我とか危ないことして一杯心配かけるかもしれないよ」
「あぁ、好きなだけ心配かけろ。子供の心配をするのは親の特権だ。お母さんはあんまり良い顔しないだろうけど、お前が本当にやりたいことならきっと納得してくれる」
やばい。ちょっとうるっとしてきた。普段はおちゃらけてる癖に、決めるときはしっかり決めてくるのがずるいと思う。
「だけど、最後には必ず無事に帰ってこい。それだけ守れば、お父さんはずっとお前を応援してる」
「……うん、ありがとう」
涙があふれそうになるのをなんとかこらえるが、今の顔を見せたくなくて明後日の方向を向いてしまう。
父さんはそれを察したのか、小さく笑って俺の頭から手を離す。
「じゃ、お父さんは先に家に帰ってるからな。夕飯までにはちゃんと帰ってこいよ」
「…………うん」
父さんは俺の顔を見ることなく去っていく。
はぁ、本当に叶わないなぁ。
グッと握った拳を見つめる。
もう迷わない。
失敗も後のことも考えない。今は只、自分のやりたいことをやる。ダメならダメでその時に考えればいい。
空を見る。既に夕焼けに染まった赤い空。
ふつふつと胸に湧き上がるものがあった。
いってもたってもいられなくなり、俺は海へと走りだした。
「ブレイカー、周囲に人はいるか?」
『There is not the person to a radius of less than 2 kilometers』(半径二キロメートル以内に人はいません)
思い切り息を吸う。
そして海に向かって叫ぶ。
「うわああああああああああああああああああああああああああああぁっ」
力の限り、これでもかというくらい大声で叫ぶ。
胸の内に溜まった鬱屈を全て吐き出すように。
「げふっ、かふっけふっ」
咽た。
口元を拭い、ぽつりと呟く。
「強くなってやる。絶対に」
時の庭園で、血を流して気を失ったなのは。
闇の書事件で、傷付き倒れ伏す仲間達と、リンカーコアが破損するほどに自らを酷使したフェイト。
泣きじゃくり、自分へと手を伸ばすギンガとスバル。
いつだって、俺は弱くて何もできず、自分の無力を嘆くことしかできなかった。
それなのに、自分には才能がないから。強くなる必要がないから。自分が戦う必要なんてないから。
色々な言い訳をして何もしなかった。
その結果がこの様だ。
才能がどうとか、戦う必要がどうとかもう関係ない。
これから先、何かあった時に何もできず無力に絶望するだけの自分なんて、もう絶対にごめんだった。
「強くなりたいんですか?」
「――――っ!?」
横からした声に文字通り跳び上がって驚いた。
びっくりした、びっくりした、びっくりした!
なんでここにシュテルがいんの!?さっき、ブレイカー人いないって言ったじゃん!?
「何やら叫び声が聞こえたものですから」
『Because she is not a human being』(彼女は人間ではありませんから)
人の心を読んだかのように返してくれる二人。
「うん、とりあえずシュテル達や守護騎士達も人としてカウントするようにしてくれ」
『Ok,Boss』
「んで、シュテルは気配消して近づくのやめれ」
「善処しましょう」
あ、する気ないな、こいつ。つーか、さっきの聞かれてたとかどんな羞恥プレイ。
今更ながらに羞恥で顔が赤くなってくる。
「それでいきなり吠えてどうした。とうとう正気を失ったか」
「王様、シュテルん!このタイヤキ美味しいよ!」
「おまえらもいたんかい!?」
少し奥のベンチに座ってる二人に思わず突っ込む。
「むぐぉぉぉっ、なんという赤っ恥」
「貴様から魔力と恥を取ったら何も残るまい」
羞恥に悶える俺にディアーチェが喧嘩を売ってくる。
その生意気な口を左右に引っ張ってやりたいが、今は抑える。
丁度良い……と言えば良いのかもしれない。
「はぁ。まぁ、いいや。おまえらに頼みがある」
「おやつ食べてるからムリ!」
間髪入れずに答えるレヴィ。うん、おまえはそのままタイヤキ食ってろ。
レヴィを軽くスルーして、シュテルに向き合う。
軽く息を吸って吐いて、決意を新たにする。
「強くなりたい。俺を鍛えてほしいんだ」
前からずっと考えていた。俺が強くなるための手段。それがシュテル達に鍛えてもらうことだった。
自分一人で鍛えても、魔法の知識は乏しいし、すぐ頭打ちになるだろう。そもそも一人でやったら三日も続かない自信がある。
自分で言うのもなんだか、飽きっぽいと言うか根性がないと言うか。誰かと一緒にやるか、監督して貰わないと絶対に挫折する。
ならば、身近にいて最強クラスのやつに鍛えてもらうのが一番の近道というのが俺の出した結論。
なのはやヴォルケンの皆は管理局の仕事を始めていて、俺の為に時間を割いてもらうのは気が引ける。
その点、シュテル達なら時間もあるし、強さも申し分ない。何より一番距離が近い。物理的な意味で。
シュテルならきちんと理論だった訓練メニューも考えてくれそうだし。
シュテルは少しの間、首を傾げて口を開こうとするが、そこに割り込む声があった。
「何度も言わせるな。やるだけ無駄だ。貴様に魔導の才はない。諦めろ」
「口にあんこついてるぞ」
「なにっ!?」
慌てて口元を拭うディアーチェ。
格好良く決めたつもりだったかもしれないが、口元にあんこを付けていては締まるものも締まらない。
「なんで君らは、こう色々オチをつけてくれるかね」
「主の影響ではないでしょうか」
「なん……だと?って、話が脱線してるわっ」
軽くシュテルに突っ込みの手を入れた後、ディアーチェに向き合う。
「才能がないのはよくわかってるさ。だけどこのまま何もしないで弱いままってのも、俺自身が納得できない。やるだけやりたいんだ」
この感情は理屈じゃない。ただこのまま何もせず、釈然としないまま生きていくのが嫌だった。
結果的に強くなれないとしても、やれるだけやってからでないと諦めもつかない。ただそれだけの理由だ。
「だから頼む。俺が強くなるために力を貸してほしい」
ゆっくりと頭を下げる。
頭を下げた状態では三人がどんな表情をしているのかはわからない。
やがて、小さくため息をつく音がして、辺りに結界が張られた。
「顔を上げて構えよ」
言われるままに顔を上げてみれば、そこにはバリアジャケットを纏ったディアーチェの姿。
デバイスを構え、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべている。
「貴様の覚悟、試してやる。我に一撃与えてみよ」
つまりテストというとか。
「上等!」
『GetSet!』
バリアジャケットを纏い、拳を強く握りしめる。
そしてディアーチェのリミッターを解除する。
元々、無条件に力を貸してもらえるとは思ってなかった。
下手に無理難題を吹っかけるよりは、このほうがわかりやすくていい。難易度は別にして、だが。
右足で地を蹴る。
視界に閃いたのは闇の刃。
反射的に首を傾ける。
闇の刃は頬を撫で切り、後方へと突き抜ける。
ぬらりと頬を液体が伝う感触。
その意味を理解せぬまま、拳を突き出す。
その拳はディアーチェの突き出した手にあっさりと止められた。
「この程度では、何百年かかっても我に一撃当てることなどできんな」
「うおっ!?」
身体が宙に浮かぶ感覚。
突き出した手を逆に掴まれ、空中へと放り出されていた。
くそっ!羽根を出して姿勢を制御しようとする――が、羽根が出ない!?
『Concentration lack』
魔力の出力不足!?ここで力出し切れないでどうすんだよ、俺!
そうこうしてる間にも下から迫るのは闇色の閃光。
両腕でガードするが、問答無用で吹き飛ばされる。
くっ……そ。飛びそうになる意識を繋ぎ留めて下を見るが、そこにディアーチェの姿はない。
「反応が遅い」
声はすぐ頭上から。
振り仰いだ瞬間、視界に映るのは、振り降ろされたディアーチェのデバイス。
防御する間もなく、叩き落とされた俺は、受け身も取れずに大地へ激突する。
い……ってぇ。
頭を殴られ、落下した衝撃で全身を痛みが苛む。
「この三か月間、貴様を観察してきたが、貴様が持っているのはけた外れの魔力だけ。それ以外は魔導の才どころか特筆すべき才など何一つない。魔力だけではどうにもならん。それは貴様自身が一番わかっておろう」
地面に手をついて体を起こす俺に、ディアーチェは淡々と告げる。
まったくもってその通りだ。反論の余地がない。
「魔力供給の礼代わりだ。有事に力が必要なら我らが力を貸してやる。貴様は無駄な努力などせず、我の背に隠れていればよい」
態度こそ傲岸不遜そのものだが、言っている内容はディアーチェなりに俺を気遣ってくれているのだろう。見事なツンデレと言わざるをえない。
まぁ、下手に俺が前に出て死んでも、こいつらの魔力供給源がいなくなるせいかもしれんが。
「俺も出来ればそうしたいとこなんだが……」
よろよろと立ち上がりながら、ディアーチェを見据える。
あー、いてぇ。俺が強くなろうとしたら、きっと毎日こんな痛い思いしなきゃならないんだろうなぁ。
速攻で挫けそうになってくる。
おまけに痛くて苦しい思いをしたところで、それに対する見返りも、ほとんどないのだろう。実際に強くなれるかどうかもわからない。
ディアーチェの言うとおり、無駄な努力になる可能性も高いだろうし、素直にこいつらの力を頼ったほうが賢いのだろう。
だけど、それでも。
脳裏に浮かぶのは、血を流すなのは。俺を庇って倒れたフェイト。そして俺を呼ぶギンガの泣き顔だった。
「俺は!俺自身の力が欲しいんだよっ!」
叫びながら魔力を上げていく。
力が……力が欲しい。
それが自分以外の誰かや、ただ与えられただけの力じゃ駄目なんだ。
自分に力がないことを、自分が何もしなかったことを悔やむのはもうしたくない。
俺の前で、仲間が傷ついたり泣くのを見るのなんて嫌だ。
俺が弱いせいで、取り返しのつかないことになるなんて嫌なんだよ。
――頑張って、ゆーと
闇の書の中で聞いた優奈の声を思い出す。
あぁ、そうだよ。一度くらいは死ぬ気でやってみなきゃ、あいつに顔向けできやしねぇ。
もう会えなくても、あいつにとって誇れる自分でいたいから。倒れるまでやってやる。
距離を詰めるために猛然とダッシュ。加速の勢いそのままに拳を振るう。
「――――ぐっ!?」
ディアーチェは上半身を逸らすだけでかわし、あまつさえ膝でカウンターを入れてきやがった。
腹を押さえて身をかがめようとした瞬間、視界に映るのは膝。
頭部を襲う衝撃に視界が真っ白に染まり、無様に尻餅をつく。
「いってぇぇぇぇっなっ!くそっ!」
すぐに跳ね起きるが、今のダメージが思いのほか大きく、視界がチカチカする。
くそっ、格闘もできんのかよ、このちびっこ!
額をぬるりとした感触が伝う。額が割れたか。容赦の欠片もねぇな、この野郎。
「どうした、塵芥。この程度で終わりか?以前、我らと戦った時の十分の一も魔力が出ていないぞ。自らの力もコントロールできない輩が高望みをするな」
余裕綽々で手招きするディアーチェ。完全に舐めきってやがる。って、今の俺、そんなに魔力出力が低下してるのか!?
だけどやるしかない。
「余計なお世話だっ!」
再び突進。再度、勢いに任せての拳打――――と見せかけてフェイント。
突き出した拳を途中で止め、前蹴りを繰り出そうとするが、
「見え透いた手よな」
「――っ」
俺が足を振り切る前に、ディアーチェは足裏で俺の膝を受け止め、そのまま頭を掴まれる。
「吹き飛べ」
頭を掴まれたまま、ディアーチェの砲撃。為す術もなく吹き飛ばされた俺は仰向けに地面に寝転がっていた。くっそ……もう、全身がいてぇ。
「この世には持つものと持たざる者がいる。持たざる者はどれだけ努力しようと、足掻こうとも、才能、天運、それらを持つものには決して届かぬ。それが世の理。努力をすれば報われる?ハッ、現実を直視できぬ愚者の世迷言よな」
本当にこいつの言葉は耳が痛い。
「星と雷のチビは持つもの。そして貴様は持たざる者――――特別な才など何も持たぬ凡愚。魔導の才に限ったことではない。それは貴様自身が誰よりも理解しているはずだろう?」
ディアーチェの言うとおり、持つ者と持たない者の差は生半可なことでは埋まることはない。
それを思い知らされた過去の苦い記憶が蘇る。
中学時代、必死に頑張った部活でただの一度もレギュラーを取れなかった惨めな自分。
なのはがどんどん魔法を覚えていく中、魔力弾一つ作れない情けなさで一杯の自分。
なのはやフェイトが頑張っていても、ただ見ていることだけしかできない自分。
いつでもどこでも、他人から見れば些細なことだろうと、それを思い知る機会に暇はない。
誰が何を言おうが、世の中は誰にでも平等に不平等なのだ。
だからこそ、今も昔も色んなモノを諦めて、平凡に生きていくつもりだった。できないことは望まない。できることだけやっていけば、それでいいと思っていた。
ディアーチェの言うとおり、何をやっても人並み以上の才能がないなんてのは、俺が一番わかっている。
「とはいえ、あんまり無理無理言われると逆にムカついてきな。意地でも覆したくなってくる」
全身を使って跳ね起きる。
と、いうか自分で考えててだんだん腹が立ってきた。考え方が実にみみっちくてちいせぇ、うぜぇ。
「才能なんざ知るか!やるっていったらやるんだよ!」
拳を強く握り、ディアーチェへと殴りかかる。
ディアーチェはこちらの拳を苦も無くかわし、俺の腕を掴む。その口元にうっすらと笑みすら浮かべていた。
「フッ、その気概だけは褒めてやる。だが、仮に力を手に入れたとしてその先に何を求める?何を為す?」
「決まってるだろが!俺の邪魔する奴を全てぶっ倒す!例え相手が何だろうと!神や悪魔だろうがぶっ飛ばす!」
「ハッ!その口ぶりでは我の力すら超える気でいるのか?貴様が?魔力の大きさ以外、何の取り柄もない、特別な力など一切持たぬ貴様風情が?」
「超えるさ。超えてやる」
確かに今の俺には魔力以外何もない。
――確かに君に魔法を使う適正はないが、絶対的な魔力量という努力では得られないアドバンテージがある
――もし、君がその力の半分でも扱うことができたなら、私を一度くらいは殺せただろうに
クロノとフェリクスが言っていた、俺の、俺にしかない絶対的なアドバンテージ。
今の俺にはそれを扱うだけの力はない。なのはやフェイトみたいな才能も、はやてみたいなレアスキルもない。
だけど、それでも。
「特別な力がなくなったってぇぇぇぇぇっ!」
渾身の力を込めた前蹴りを、ディアーチェは大きく飛び退くことで避ける。
「ククク」
こっちは大きく息切れしているが、向こうは涼しい顔をして、小さく忍び笑いしていやがる。
「ハハハハハハハッ!ハーハッハッハッ!」
否。忍び笑いどころか、これでもかというくらい大笑いしていた。自分でもそれぐらい笑われるくらいのことを言ったのは自覚している。
「大言壮語もそこまでいくと、いっそ清々しいわ!だがまだ足りんな!貴様が求めるものは力だけか!最も欲するもののは何だ!貴様の野望、本性、その全てを吐き出せ!欲を解き放て!」
……たくっ。
どいつもこいつも好きにやれだの、欲を解き放てだの好き勝手行ってくれる。
それができずに人がどんだけ色々我慢して諦めてきたと思ってるんだ。
いいだろう。そこまで言うなら全部解き放ってやる。
俺が一番欲しいもの……。
力?いや、別に本当だったらそんなもんは最低限あればいい。
金?それも生活に困らない程度あればそれでいい。
俺が一番欲しいもの…………それは……!
「可愛くておっぱいが大きくてイチャイチャできる彼女!毎日好き勝手して退廃的で肉欲にまみれた日々が送りたい!」
「……………………………………………………」
「シュテるん、肉欲ってなに?」
「レヴィは知らなくて良いことです」
ディアーチェが固まり、レヴィは言葉の意味が分からなかったのか不思議そうに首を傾げ、シュテルは無表情だった。
あ、今なら一撃いれられるかな。
「欲にまみれすぎだ、このド助平が!!!!!!!」
「ごほぅっ!?」
フリーズから解凍されたディアーチェの砲撃で空を舞う。
たっぷり数秒空を舞ったあと、べちゃりと地面に叩きつけられる。
「おまえが全部吐き出せっつったんだろーがあああああっ!?」
「モノには限度があるわっ!なんだ、その欲望は!?女!?肉欲!?十年早いわっ、阿呆が!」
顔を真っ赤にして捲し立てるディアーチェ。
「そんなもん知るかあああああっ!男が女に興味を持って何が悪い!?こちとら闇の書の夢の中でやってから性欲全開なんだよ!日々性欲を持て余しながら発散する場もない苦しみが貴様にわかってたまるかああああああああ!!」
「なっ……!?貴様、よもや我らに対して欲情しているのではあるまいな!?」
ディアーチェが身の危険を感じたのか、俺の視線から自らの体を隠すように身を捩る。
「…………………………ハッ」
鼻で笑ってやった。
「笑かすな。そんな貧相な体で欲情するものかよ。シグナムやリインフォースならともかく、おまえら程度なら裸見たって欲情しないから安心しろ」
シッシッと犬を払うように手を振る。
ディアーチェの眼がすぅっと細くなった。背筋に悪寒。
あ、これはヤバい。
全身で命の危険を感じ取っていた。しまった、つい本音が。
「死ね」
「うおおおああっ!?」
四方八方から闇色のダガーが雨のように降り注ぐ!
身を捩り、屈めて必死に躱す!
痛い!何本かは躱しきれずに普通に肩や足を掠めていく。非殺傷じゃないしっ!めっちゃ血が出てるんですけど!?
「殺す気かっ!?」
「死ね!貴様のようなエロスはここで死んだ方が世の為だ!」
無茶苦茶なことを言いながらディアーチェは次々と魔力弾を撃ちこんでくる。
「だからおまえが欲望を解き放ていうんたんだろーが!人間の三大欲求舐めんな!」
口とは裏腹に忙しく体を動かし、魔力弾から逃げ回る。まともに食らったら死ぬ!
別に俺だって好き好んで人に性癖を曝す趣味はないし、相手はちゃんと選ぶ。
今回だって、ディアーチェが煽らなければわざわざ言うこともなかったっつーの!理不尽だ!
闇統べる王だのなんだの名乗ってるくせに純情そのものじゃねーか!お子ちゃまめ!
「やかましい!貴様のその穢れに穢れた情欲など何の役にも立たんわっ!貴様の性根を叩き直し、その煩悩を浄化してくれる!」
「ざけんな!男のエロに対する欲求を舐めんな!エロこそ力!エロこそ正義だあっ!」
「ほざいたな、助平がっ!ならば今ここで!その力を示して見せよッ!」
ディアーチェは魔力弾を止め、こちらに向かって左手を突き出す。そこに展開されるのは防御の魔法陣。
正面から防御を抜いてみろってことか。
「上等……!」
俺の魔力は思いが強ければ強いほど、その出力を増していく。
ならば、溜まりに溜まった煩悩を解き放ち、強い気持ちに変えていけば。
文字通りエロこそ力になる。
「高まれ俺の性欲!沸きたて煩悩!エロこそ無限の可能性を解き放つ!」
まず脳裏に浮かべるのはわがままボディのリインフォース!……はちょっと罪悪感が沸いてくるからやめておこう。
代わりに浮かべるのはシグナム。乳魔神(ヴィータ命名)のごとき理想のおっぱい!
大きさは言うに及ばず、服の上からでもわかる黄金比とでもいうべきライン。
あの乳をあーして、こーしてエロ同人的なあれこれを妄想する!
恥ずかしがりながらも決して本気で抵抗せずされるがままのシグナム!最高です!
そして思い出せ!時の庭園で触れたアルフのおっぱいの柔らかさ。
大きさではシグナムに劣るが、標準サイズを余裕で上回る。形も申し分ない。
まともに触れたとは言い難いが、あの感触は極上だ!
「!?」
「どーしたん?」
「いえ、何か悪寒が」
「風邪かなぁ。暖かくなってきたとはいえ、ちゃんと暖かくして寝ないとあかんよー」
「…………そうですね」
「どうしたの、アルフ?」
「いや、なんかこう凄く嫌なものを感じたんだけど……」
「何もなさそうだけど?」
「うーん、気のせいかなぁ?」
「ユートの魔力が数倍に跳ね上がった!?」
「馬鹿な……こやつ、本当に煩悩で魔力を上げておるのか。信じられぬ……っ」
「鼻の下が伸びているのもあって、人間としては非常に残念ですが」
三者三様に驚くマテリアル達。
ふふふ。だが、まだだ。俺のエロ妄想はこんなものじゃない。……俺にはとっておきがまだ残っている。
優奈とのありし日々。
思い出せ、あの肌の感触、柔らかさ、張り、大きさ、むっちり感。あいつとやったプレイと調教の数々を!
「ブレイカァァァァァっ!俺とお前っ、全ての力をここで出し切るぞ!」
『Get set』
ザンバーフォームとなったブレイカーを突き出すように構え、全魔力を集中する。
「おおおおおぉぉぉぉっ!」
もっと鮮明に思い出せ。
昔の記憶だけでない。
闇の書の中で起きたあの時のことを全て思い出せ。
あのちちを!しりを!ふとももを!あいつの全てを!
「無限の煩悩が俺のパワーだああああああああっ!」
背中からバサリと黒翼が広がり、魔力が爆発的に高まる。
「魔力がさら数倍、いや数十倍にまで跳ね上がりましたね」
「よくわかんないけど煩悩パワーすごい!」
「解せぬ……。何故こんなバカがこれほどまでの魔力と出力を叩きだせる?いや、だからこそ、性格も能力も他が全てが残念なのか?」
ディアーチェは失礼極まりないな、こんちくしょう!残念言うな!
自分の制御能力限界までチャージした魔力。それを魔力刃へと集束させていく。
「行くぜ、ブレイカー」
ブレイカーは言葉を発さず、ただ、宝玉を瞬かせることで応える。
切っ先を後方へと流し、黒翼で勢いをつけて突進する。
しかし袈裟がけに振り降ろした刃は、片手一本で止められる。
「ふん、やはりこの程度か。話にならん。魔力がどれだけ上がろうとも貴様には扱えん。これが現実。貴様には決して越えられぬ壁……限界というものよ!」
「ぐうううっ!」
ギリギリと力を込めて振り降ろす刃は微動だにしない。そんなものは言われるまでもなくわかっている。
だけど、なのはやフェイトはどんなことがあっても諦めなかった。
だから俺だって、そう簡単に諦める訳にはいかない。
「もう一度言う。貴様では無理だ」
「ぐっ!?」
ディアーチェのシールドが爆発し、ブレイカーの刀身が弾かれる。
次の瞬間にはディアーチェの拳が俺の腹へと突き刺さる。
「か……はっ」
みぞおちへと突き刺さった一撃に呼吸が止まる。
だが、ディアーチェは追撃の手を緩めない。
腹へと突き刺さった一撃をそのまま突き上げ、俺の顎まで打ち抜く。
一瞬の浮遊感。
ディアーチェが俺の襟首を掴んで釣り上げ、拳の連打を叩きこんでくる。
「がっ……‥あっ」
一撃一撃が幼女の拳とは思えないほど、重い。一発ごとに意識が持っていかれそうになる。
「なんどでも言うぞ。貴様は持たぬ者だ。戦場に立つべきでない」
その声は突き放すように冷たかった。
そっとディーアチェの手が胸に添えられる。
「もう無理をするな。眠れ」
優しく響くその声の直後、ディアーチェの砲撃が俺の胸を貫いた。
限界だった。
もう立つ力すら残っていない。
ディアーチェが襟首から手を離す。
足が地面に触れ、そのまま膝から崩れ落ち――――
――信じてる
頭に響く声。
それが俺に力をくれる。
「うあああああああっ!」
膝に力を入れ、ブレイカーを振り上げる。
ディアーチェは不意打ちだった、その一撃さえも見を捩ってかわしてしまう。
「なっ、貴様、まだ!?」
こんな俺なんかを曇りなく信じてくれる奴がいる。
――私がゆーとを守るから
――私がおにいちゃんを守るの
守られるだけなんて冗談じゃない。俺が守らなきゃ。
あいつらを守れるくらいに強く。女の子の涙なんて見たくない。
可愛い彼女との肉欲の日々。それが一番の目的だが、それを心置きなくするためには大切な仲間に笑顔でいてほしい。
その為に超えられない壁が目の前にあるというのなら。
「限界をぶち破る!俺の意思で!俺自身の為に!もう誰も泣かせるかあああああ!!」
俺は左手を突き出し、砲撃の術式を展開する。
術式自体はなのはやフェイトのを参考にずっと前から組んであったものだ。
「砲撃?だが貴様に扱えるはずが……」
あぁ、そうだとも。もちろん今まで一度も成功したことはない。
俺の意図が読めずに戸惑うするディアーチェに、口の端を釣り上げて笑って見せる。
「ディバイン!バスタアアアアアアアッ!」
ディアーチェ俺の間に展開された砲撃の術式が俺の制御能力を超えて暴発し、大爆発を起こす。
この至近距離で暴発すれば、俺も少なくないダメージを受ける。つーか、受けた。すげぇ痛い。
今のでディアーチェにダメージを与えられたとは思っていない。だが、一瞬とはいえ俺の姿を見失ったはずだ。
側面に回りこみ、横殴りの一撃。
これで……どうだぁっ!
「惜しかったな」
しかし爆煙を裂いた一撃は、わずかに体を逸らしたディアーチェの前髪を揺らすに留める。
ブレイカーの魔力刃が四散する。
もう力が残ってない。ここまで――――で終われるか!
「池内フラーッシュ!!」
「なっ!?」
説明しよう!
池内フラッシュとは懐中電灯のスイッチを一秒間に三回オン・オフを繰り返し、 更にライトの位置を微妙にずらすことによって、 相手の網膜いっぱいに光の跡を残し、相手の視界を奪う究極の光技である!
もちろん、今は懐中電灯がないので、ブレイカーの本玉から発する光を代用している。
だが、効果は抜群だ!
「うっ、くっ!?」
ディアーチェはまばたきを繰り返し、ほんの僅かだが動きが鈍る。
今、この瞬間しかチャンスはない!
俺は最後の力を振り絞り、ブレイカーの魔力刃を再構成。
全魔力を振り絞った刀身が眩い輝きに包まれ、俺は全力で振り下ろす。
「バカが!それではせっかくの目眩ましが意味をなさぬわ!」
刀身が放つ光がディアーチェにとって目印になったのだろう。ディアーチェの手は寸分違わずブレイカーの刀身を掴みとる。
「むっ!?」
そこで手応えに違和感を覚える。
当たり前だ。ディアーチェが掴んだのは俺が切り離した刀身だけ。
俺自身はディアーチェの背後に回りこんでいる。
ディアーチェはまだ俺の位置に気づいていない。
右の拳を握りしめる。
こっちのダメージはとっくに限界を超えている。
これが正真正銘最後の力を振り絞った一撃――――!
「ぐぅ……」
視界に映ったのは空だった。
「あぁ……と?」
どうやら気を失っていたみたいだ。
「いってぇぇっ!」
起き上がるだけで激痛が走る。
ディアーチェと戦ったとこまでは覚えてるけど、最後は何がどうなった?
最後に殴りかかったところで記憶が途切れている。
「ふん、ようやくお目覚めか。馬鹿者め」
声のした方を向けば、隣のベンチにディアーチェ達が座っていた。
…………のは、いいんだけど、やたら野良猫にたかられている。でも、三匹だから今日は少ないほうか。
それぞれの膝の上で猫達が気持ちよさそうに日向ぼっこしてた。
原因はわかっている。シュテルだ。何故かは知らないが、あいつは俺以上に猫に好かれ、外にいると十匹以上の猫が集まることも珍しくない。
一方でレヴィは猫にあまり好かれない体質らしく、レヴィが近寄ると猫の大半は逃げてしまう。
シュテルとレヴィが揃うと、良い具合にお互いの性質が相殺され、今のような状況になる。
って、そんなこと今はどうでもよくて。
「最後どうなった?」
ディアーチェが手を上げ、薬指だけを上げる。
何ぞ?
「こたび唯一の貴様の戦果だ」。
何?と、思ったが、よくよく見れば、指先がほんの少しだけ赤くなっている箇所がある。
傷とも言えないような跡。
最後の一撃が掠った……のか?
「本来ならこの程度で一撃与えたとはとても言えぬが、貴様の能力を考えれば上出来というところか」
「じゃあ……!」
「ふん。大まけにまけて合格にしてやろう」
しっ。小さくガッツポーズを取る。ディアーチェは凄くやる気なさげというか、仕方ないという顔をしているが、合格は合格だ。
「だが」
と、喜んでいたらディアーチェが半目で睨み付けてきたと思ったら、ガシッとアイアンクローを喰らう。
「アホか、貴様は!攻撃の途中で意識を失う奴があるか!あまつさえそのまま足を滑らせるとは何事か!思い切り頭から落ちるとこだったぞ、この愚か者が!!」
「はいっ、ごめんなさいっ!?すいません!すいません!あ、指めり込んで痛い!痛い!?」
ディアーチェのあまりの剣幕に反射的に謝ってしまう。つーか、俺の頭がメキメキ音を立ててブレイク寸前なんですけど!?
「まったく……貴様には一から色々叩き込まねばならぬことが多すぎるようだな」
王様がすっかりやる気なのは有難いんですけど、いい加減手を離してくれませんかね!
「良いかユート。我らが手を貸す以上、半端なことは許さぬ。これから貴様に待っているのは24時間、魔導の魔導による魔導のための生活だ」
あ、あれ?なんか話が変な方向に行ってませんか?王様、なんかすっごい凶悪な笑みを浮かべてるんですけど!
「なに、今すぐ強くなれとは言わん。才のない貴様にそこまでの無茶振りはせぬ」
にこやかな笑顔が逆に怖い
と思ったら、不意に真顔になるディアーチェ。
「十年だ。十年で貴様にオーバーSランクの力を身につけさせる」
「…………!」
オーバーSランク?俺が?十年で?
「……なれるのか」
「してみせる」
きっぱりと断言するディアーチェ。
その言葉に体が震える。届くのか。俺がなのはやディアーチェ達に。
武者震いに震える俺に、ディアーチェはにこやかに宣言する。
「なに、なれなければ死ぬだけの話だ」
「ちょっと待って!?」
「我の忠告を散々無視して選んだ道だ。なに、死んだほうが一億倍マシな修行にもきっと耐えられることだろう」
「待って!その桁数おかしいから!何やらせる気!?」
「ちなみに現在の生存確率は4.27%です」
シュテルの言葉に別の意味で震える。
「低いなっ!?一割切ってますよ!?っていうか、語呂的に死ねって言ってない!?」
「ハッハッハッ。仕方なかろう。才のない貴様が強くなるならその程度のリスクは負わねばらなるまい。命を懸けて死線を数百は越えねば到達できぬ頂きよ」
「にこやかに言うことじゃありませんことよ!?あぁ、もうツッコミが追いつかねぇっ!」
「才のない貴様の覚悟、しかと受け止めた。我らの全力を持って才のない貴様を鍛えあげてやろう」
「その決意は有難いんですけど、才能ない連呼するのやめてくれませんかね!ガラスハートの俺のココロは既にボロボロですよ!?」
「気にするな。別に貴様を悪しざまに罵っているわけではない。単なる事実だ」
「だからそういうのを面と向かってにこやかに言うなし!しまいには泣くぞ!」
こうして、俺は強くなるためにディアーチェ達の協力を取り付けることに成功したのだが。
正直、不安しかない。人選を間違った感がひしひしと沸き上がってくる。
十年後の俺は生きていられるのだろうか……。
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勇斗の修行の日々が始まった。
日に日に厳しくなっていく修行に勇斗は耐えることができるのか。
そして勇斗の修行を知ったなのはが取った行動とは。
なのは『もうやめてよ』
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UP DATE 13/8/30
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