リリカルブレイカー
第1話 A New Beginning
「うわうわっうわあぁぁぁっ!!」
背後から迫る気配に身を屈める。寸暇を置かず先ほどまで頭のあった位置を高速で飛来する物体Xが通り抜ける。
前方から聞こえる爆砕音。
顔を上げればこちらに向き直る黒い物体と粉々に砕かれた壁。
うわぁい。あんなのまともにぶつかったら即死ですね。あはは。
「なんて言ってる場合じゃねーっ!?」
手を着いて立ち上がり再び走り出す。振り返らなくても黒い物体が後を追ってきているのを感じることができる。
今の状況を一言で説明すると真夜中にジュエルシードの暴走体と生死をかけた鬼ごっこ!
笑えない。とても笑えない。
このまま人生のバッドエンド一直線ですか?俺、今日ここで死ぬの?
興味本位というか保護欲というかそんな気持ちで首突っ込んで、不要な犠牲になって死ぬなんて嫌過ぎる。
現実逃避も兼ねてなんでこんなことになったのか考えてみよう。
すべての始まりは9年前まで遡る。
朦朧とした意識の中、目を覚ました俺は赤ん坊となっていた。それをはっきりと認識したのは、赤ん坊としての俺が生まれて数ヶ月経ってからだった。
それ以前にも、俺という意識は存在していたと思う。ただ思考は靄がかかったかのように酷く曖昧で覚束ず、体の自由も効かなかった。
大学生であるはずの俺という意識と記憶をはっきりと覚醒させたときには、自分の身に起こった事に混乱し、酷く慌てたものだ。
まともに喋ることすらできず、体を思うようにことすらできなかった。気付けば俺の体は自らの意思と無関係に泣き声を上げている。
俺のことを息子としてあやす両親は知らない人間だった。流石にこのときばかりは血の気は引いたね。
だってそうだろう?気が付けば見知らぬ人の赤ちゃんになっていたなんて悪夢以外の何者でもない。こうなった理由も皆目検討がつかない。こんな状況で冷静さを保つ方法があるなら是非とも教えてもらいたい。
泣き叫ぶ中、意識を失う直前の自分は何をしていたのか思い出そうとしたが、何も思い出せなかった。普通に寝ていた気もするし、事故にでも遭ったのかもしれない。少なくとも、俺が過ごしていた日常生活において特別と言えるほどのことは何もなかったはずだ。ごく普通の大学生としてどこにでもいるありふれた人間。それが俺だった。
結局、色々考えたり悩んだりした挙句に出た結論は、元に戻る術など無く、今の状況をそのままに受け入れるしかないということだった。
絶望した。今の現状が転生なのか憑依なのか。はたまた別の何かなのかはわからないけどとにかく色々絶望した。
―――――ということは全然なかった。
いや、確かに初めは絶望もしたし体が勝手に泣いたりもした。だからといってそのままずっと落ち込んだままでいられるほどネガティブな性格はしていない。ただ単に開き直ったとも言う。動揺や困惑がないと言えば嘘になるし、開き直るのにもそれなりの時間を要したが、何をどうしてもどうにもならないことをいつまでも悔やんでばかりもいられなかった。
結局、長い時間を考えて出た結論は、新しい人生をそのまま歩き出す。ただ、それだけだった。
そんなこんなで何もかも解らないまま。
第二の人生始めました
それから六年。
その六年間で頭脳は大人、体は子供!な状態がいかに羞恥プレイの連続だったかは割愛しよう。前世?と性別が同じだったのは唯一の救いだろうか。
それまでの過程で新しくわかったこともある。その最初の一つが俺の住んでいるこの街の名が海鳴市ということだ。聞き覚えのあり過ぎるこの名前に酷く困惑したのを覚えている。
そんな名前の街は俺がいた日本には存在していなかったはずだ。アニメやゲームの架空の街。それが俺の知っている海鳴市だった。
日本という国であることは間違いない。だが、そっくりそのまま俺の知る日本と同じ、ということではなかった。世界の歴史などはあまり変わりないが、違う箇所も多々存在した。
それは俺が生きてきた時間。年号的に言えば過去。
そしてフィアッセ・クリステラを始めとした前の世界には存在しなかった有名人。前の世界で知っている人間もいれば、誰もが知っているはずの人間がいなかったり。
パラレルワールド、というやつなのか?これはとらは?それともリリカル?色々考えてみたが、考えたことで答えが出る結論でもなかったので、俺は考えるのを放棄した。無駄な労力を使うのは趣味じゃない。
最初は持っていた元の世界に戻りたいという想いも、流石に六年も経てば薄れる。何しろ戻る方法もこうなった理由もわからない。流石に六年も経てば諦めもつく。方法や原因がわかればまた違ったのかもしれないが。
そして私立聖祥大学付属小学校に入学。
聞き覚えのありすぎる名前に、あぁ、ここはやっぱりあの世界なんだなぁ、としみじみ思ったものだ。
もしからしたらとらはかもしれないけど大した違いはない。そもそも場所はともかく時間軸が原作に関係しているのかどうかもわからないのだから、考えるだけ無駄である。
しかし人生二度目の小学校ってどーなんだろうね、と幼稚園の時にも思ったことを再び思い浮かべる。とにかく複雑な心境だ。今更だけど。
そんなわけで、入学式が終わって一年一組で自己紹介真っ最中。
……まー、聖祥だからって某白い魔王さんと同年代だったりとかはしないよね。
そんなこと思いつつ、隣の金髪少女が立ち上がり、自己紹介を始める。
「アリサ・バニングスです。これからよろしくっ」
うわぁい。
まー、あれだ。同姓同名の別人だ、きっと。
世の中には一人くらい同じ学校で同姓同名の人がいるさ、きっと。
窓の外へ目を向けながら、そうあって欲しいと心の底から願う。
「高町なのはです。えっと、よろしくお願いします」
思わず振り向いた先には髪をツインテールにくくった女の子がぺこっと頭を下げていた。
気のせい。気のせい。きっと同姓同名の別人だ。別人。まんま知ってる顔の面影がある気がするけどきっと気のせいだ。
平凡を絵に描いたような俺が魔砲少女に関わったりするはずがない。そう思い込もうとする傍らでまたしてもどこかで見覚えのあるような顔の少女が立ち上がる。
「えっと、月村すずかと言います。皆さん、これからよろしくお願いしますね」
どう考えても未来の管理局の白い魔王さんと同じクラスです。本当にありがとうございました。
同い年かぁ。俺的にはおっとりした癒し系の神咲の巫女さんと同い年が理想だったのに。って、それ以前に学校がちげーよ。俺のバーカバーカ。
って、ちょっと軽い現実逃避してみたけど、彼女らと同じクラスだからといって何か害があるわけではない。
むしろ普通とは違う不思議体験ができるかもしれないと喜ぶべきか。ちょっとオラわくわくしてきたぞ!
……と喜んだまではいいが、前の俺と同様、今の俺も特別な力もなく、生まれも育ちも至って普通の小学生でしかない。
パラレルワールドという可能性も考えれば、必ずしも俺の知っている通りに事が起きるとも限らない。
これから先に起こるであろうことは頭の片隅に仕舞うに留め、その時々で上手くやっていこうと決めた小学校の入学式であった。
そしてさらに三年後のある日。
助けて…
何か聞こえた。ちゃんとした言葉ではないが、はっきりと聞こえた。 主に淫獣の声とか。
あぁ、もう無印の時期なのか。今まで特にこれと言ったイベントもなかったからすっかり忘れかけていた。っていうか本当に魔法イベント起きるのか。
脳内に響いた声に、どうしたものかと考える。原作どおり進めば無事に事件は解決する。するのだが、必ずしも原作どおりに行くという保障はどこにもない。
だからといって俺が手出して良くなる状況がさっぱり思い浮かばない。 何しろこちらは特別な力も優れた知恵もないごく普通の小学三年生である。
何が出来るとも思わないが様子くらいは見に行くべきか。なにより魔法絡みのイベントという誘惑には非常に心惹かれるものがある。
原作どおりなら淫獣、もといユーノが拾われて愛さんの病院に連れてかれるだけだから危険はないだろう。そうじゃない場合はそのときに考えよう。
いまだに聞こえてくる声を頼りに移動していく。見知った公園の裏道を進んでいくと、程なくして地面に横たわってる小動物を発見する。
本当にいたよ、おい。
慌てて倒れている小動物に駆け寄り、様子を見る。予想というか俺の知っている通りに怪我はしているがちゃんと生きている。早めに手当てすれば大事には至らないのだろう。
安堵のため息を吐いたまではいいのだが、高町達はまだ来ていない。早いとこ病院に連れていってやりたいが、こいつと高町の出会いフラグをブレイクするのは色んな意味でまずい。かと言って怪我した小動物を放っとくのは精神衛生上非常に後味が悪い。どうしたものか。高町達が来るのにどんだけ時間がかかるんだろう。ってか、本当に来るのか。
なんて、うーん、うーん唸って周囲の警戒を怠ったのがまずかった。
「あれ、遠峯くん?」
背後からかけられた声にビクゥッと振り返ってみるとそこには駆けよってくる高町の姿が。
「どーしたのよ、なのは?」
「遠峯くん?」
高町に遅れて、月村とアリサもやってくる。
「遠峯?あんた、こんなところで何やってるのよ?」
「いや、何って言われてもなぁ?」
返答に詰まるが、脳内に声が聞こえたからここに来ました、なんて正直に言えば電波扱い確定である。
「俺のことよりそこの淫、じゃなくて、なんか動物が倒れてるんだけどさ」
倒れてるユーノを指差して高町達を誘導する。
後はそのまま成り行きで三人と一緒にユーノを愛さんの病院に連れていくことに。ユーノは原作どおりに見た目ほど大した怪我でなく、命に別状はないとのこと。
一度、目を覚まして、高町の指を舐めるのはどうかと思ったが。
もう細かいことは忘れたけど、淫獣形態だと行動までケダモノそのものになるんだろうか。
精神は肉体に引きずられると何かの漫画で読んだことあるし、俺自身、今の体につられて精神的に子供っぽくなった節もあるのでその辺はなんとも言えない。
素での行動だったら、人間形態のユーノとどう接すればいいのだろう。人として普通に接することができるんだろうか。
色々と思うことはあったが、今この場で俺ができることは何もなさそうだ。高町があの場に現れたということは、ちゃんと魔法の素養もあるんだろう。男として情けなくはあるが、あとは全部高町に丸投げしておこう。
とはいえ、暴走したジュエルシードがユーノを襲うことを知っているだけに、そのまま気にすることなく眠りに付くというのも難しいわけで。
なんとなく気になって家を抜け出し、槙村動物病院まで様子を見に行ったのがまずかった。
ユーノが助けを呼ぶ声が聞こえ、それから少し後、高町の奴が建物の中に入っていくのを見守る。
それはいい。が、しばらくして物が壊れたような音がしたと思ったら、すぐに暴走体に襲われた高町と淫獣が飛び出していく。
それを見て、思わず壁から身を乗り出してしまった俺。
俺とバッチリ目が合う暴走体。
「こ、こんばんわ?」
とりあえず手を挙げて暴走体に挨拶してみた。
「……」
ぎゅるりと、首?を傾げて嘗め回すように見られたような気がしなくもない。
何がなんだかよくわからない生き物?に対して手を上げてる小学生男子。実にシュールな光景だ。
「じゃ、そゆことで」
何事もなかったかのように回れ右。そして全力ダッシュ。
「やっぱり、追ってきたーっ!?うわっ、うわっうわーっ!?」
「遠峯くんっ!?なんでここにっ!?」
俺の叫び声が聞こえたのか高町が淫獣を抱えて戻ってきた。
「と、とにかく走れーっ!!」
「何々っ!?何が起きてるのーっ!?」
高町と並んで全力疾走。怖くて振り返れないけど間違いなく暴走体は追って来ている。
ちくしょーっ!こんなことなら大人しく家で寝てりゃ良かったーっ!
「君達には資質がある。お願い、ボクに少しだけ力を貸して」
高町に抱えられながらケダモノが喋りだした。っていうか君、この状況でよく平然と話せるね。
「資質?」
「おまえ……動物が喋っても普通に受け入れてるのな」
順応早いよ、君。
「遠峯くんこそ」
や、俺は最初から知ってるだけだし。
「えっと、説明を続けていいですか?」
「おう、とっとと手短に迅速に要点だけ話せ」
おずおずと聞いてきた淫獣にぴしゃりと言い放つ。聞かなくても俺は知ってるが、高町はそうもいかない。
すぐ後ろに危機が迫ってるのでさっさと済ませて欲しい。俺が余計な突っ込みいれたせいだろという野暮はなしだ。
「ボクはある探し物の為にここではない世界に来ました」
「んな前置きはいらんからとりあえず後ろのをとっととどうにかしろーっ!!」
すぐ真後ろに暴走体がいるのに前置きから説明してる場合じゃねぇだろっ!?
さっさとレイジングハートを高町に渡してどうにかしろと叫びたい衝動をグッとこらえる。
「―――っ!」
全身に悪寒が走る。背後に迫っていたプレッシャーが一瞬喪失する。
雄叫びは頭上から。
「危ないっ!」
俺は迷わず高町を突き飛ばし、自らもその場を飛びのく。次の瞬間には一瞬前まで俺たちがいた地面が砕け散る。
「あ、危ねぇ……っ」
一瞬でも遅れてたらあの暴走体の下敷きになっていたところだ。ってか、あんなのの直撃を食らったらマジで死んでしまう。
「大丈夫か、高町!?」
モタモタしてる暇はなくマジで大ピンチだ。さっさと高町に変身して貰ってなんとかしてもらおう。
「きゅう〜」
高町は思いっきり目を回して気絶していた。
……あれ?おーい?
「いやいや、目を回してる場合かーっ!?」
「きゅ〜」
ガクガクと高町を揺さぶるが正気に戻る気配はない。
「おい、こら淫獣!?早くどーにかしろ」
「これをっ!」
淫獣が口にした赤い宝石を俺に差し出す。
「ボクの力を使って欲しいんです。ボクの力を……魔法の力を」
はい?このケダモノは何を言ってやがりますか?
「アホかーっ!?今はギャグやっていい場面じゃないんだぞっ!?勝手に俺の死亡フラグを立てるなーっ!!」
怒鳴りながら思わず淫獣の首を絞めつける。
「レイジングハートを渡す相手は俺じゃなくて高町だろーがっ!?俺に渡してどーするっ!?」
「きゅーっ!?きゅーっ!?」
「俺に魔法の力なんてあるはずがあるかーっ!?そんな冗談言ってる場合か、えぇ、おいっ!?」
「じょ、冗談なんかじゃありませんっ。あ、あなたもボクの声聞こえてたんですよね、ならその子とあなたには魔法の素質があるはずなんですっ!」
「……マジ?」
言われてみれば高町以外の人間には聞こえていなかった念話が俺にも聞こえていたことを思い出す。
あー、魔法の素質が無いと念話も聞こえないんだっけ?
「ぎ、ギブギブっ!」
言われて淫獣の首を絞めたままだったことに気付く。
フェレットもどきがタップをしている姿は非常にシュールでもう少し眺めていたいところだが、そんな場合ではないので手を緩める。
「げ、げほっ。早くしないと手遅れになります」
高町は目を回してダウン。目の前には今にも襲い掛かってくる気満々の暴走体。淫獣は魔力切れで役立たず。俺の手には赤い宝玉レイジングハート。
「……マジで?」
俺の呟きに答えてくれるものは居なかった。
UP DATE 08/12/02
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