西方大陸ウィンド・ショット(風の吹き抜け)

通称「嘆きの谷」とよばれる、ある伝説が眠るこの谷に数機のゾイドが訪れた。

2機のジェノザウラー、2機のモルガ、ジェノブレイカー。

いずれも正規軍ではない。

「ここか・・・」

「おい、本当にこんな所にあるのか?亡国の女王様が隠した愛機ってのは」

「さぁな。だが、あってもらわなければ困る」

「しかし、むやみに近づくと呪いをかけられるという話だぞ」

「臆病者め。そんなものはただの噂だ」

「お前は噂の良い所しか実現しないとでも思っているのか!?」

口論を始める他のゾイドを残して、1機のジェノブレイカーが駆けだした。

「勝手な行動をとるな、ハウンド!」

「五月蝿い。貴様等が行かないのならば俺は1人で行く。もともとくんだわけではないのだからな」

              絶望の大地 〜紅の竜 伝説の地・大切な人・・・〜

数日前

あてもなく荒野をさまよっていたブレイカーの前に2機ずつのモルガとジェノザウラーが現れた。

いずれも正規軍のものではない。

「盗賊か?何のようだ」

ブレイカーをその場に止め、いつでも応戦が出来るように左足を一歩ひく。

「お前がフェル=ハウンドか?」

「・・・そうだ」

すぐにでも攻撃できるよう、ジェノザウラーに照準を合わせる。

が、以外にも盗賊団は戦意がないかのようにピクリとも動かない。

「そう焦るな。別にお前と戦いに来たわけでじゃない」

そう言うと、この盗賊はある伝説を語り始めた。

歴史書に記される前の時代、今より高度な文明を持つ国々がこの世界に栄えていた。 その中の一つであるウンディーネ公国は、創立1000年を数える伝統国であったが、おとなしい民族だったために他国からの侵略により滅びた。 そして、この侵略戦争の時に王位に立ち、先頭に立って戦った偉大なる女王は、遥か未来での国の再興を願い、共に戦った愛機をウィンド・ショット(風の吹き抜け)、通称「嘆きの谷」とよばれる谷に封印したのであった。 以来、王族以外の者がこの谷に近づくと女王の呪いにより生きては帰れないという。

「それがどうした。まさか、“盗掘したいが呪いが怖いので一緒に来て下さい”とでもいうつもりか?」

「そんなところだ」

「断る。俺は正規軍か町や村にしか雇われないんだ」

「報酬は弾ませるが?」

「用はそれだけか。ならばそこを退け」

「では、もしそのゾイドが見つかったら報酬の代わりにそれをお前にやろう」

盗賊を避けて通ろうとしたブレイカーの動きが止まる。

「シェイルさん、それはいくらなんでも」

モルガがジェノザウラーの男に言うが、ジェノザウラーの男、もといシェイルは黙ったままでいる。

「俺達は元々その近くに埋蔵されているであろう金品が目当てだ。どうだ、悪い話ではないだろう」

少し間をおき、ハウンドは答えた。

「解った。だが、貴様等と組むのではない。必要があれば決別させていただこう」

ウインド・ショットと呼ばれるこの谷の間を、名の由来となったであろう凄まじいまでの風が吹き抜けている。

そして、そのひび割れた大地には、幾つかの巨大な洞窟が口を広げていた。

「目的の遺跡はあの中だ。数十年前の大異変ですっかり埋まっちまったらしい」

ジェノザウラーが一番手前に見える、大型ゾイドも楽々入れるほどに巨大な洞窟を目指して進む。

「何処に通じているか分かるのか?」

「ゾイドで壁を破壊して行けば何処に通じていても問題はない」

「洞窟が崩れると困るのでな。力ずくでもそれはさせられない」

洞窟まで近づく。

「・・・レイノス?」

入り口付近に一機の黒いレイノスが止まっている。

ここまで接近しなければ気づかなかったのは黒というオリジナルカラーが、辺りの影を落とした岩肌の色に近かったからだろう。

コックピットを見ると、14,5歳の少女が少し心配そうに洞窟を見つめていた。

よほど集中しているのか、こちらに気づいた様子はない。

「シェイルさん、どうします?」

「一般人がこんな所に来るとはおもえん。ヤツが何にせよ、俺達を手伝ってくれることはない。攻撃だ」

ジェノザウラーが吼える。

すると、レイノスの少女にも聞こえたのか、こちらを振り向く。

ほぼ同時にレイノスのすぐ隣の岩が爆発した。

機体に直接のダメージは無いようだが、その衝撃でバランスを崩し倒れる。

後方に目をやるとモルガから発射された2発目のミサイルがブレイカーを通り越して爆発した。

だが、寸前で体勢を建て直しレイノスは爆発を避け、モルガに攻撃を仕掛ける。

一機のモルガが吹き飛ぶ。

高度を上げ、空中からの攻撃を試みるレイノスだが、倒れたときにどこか故障をしたのか、なかなか高度が上がらない。

仕方なく低空(地上から5m位でそういえるのならばの話だが)で戦うことにしたのか、今度はジェノザウラーに攻撃をする。

高々度を飛行できないとあっても、もともと陸戦ゾイドとはスピードの格が違う。

彼女もそれを承知しているようで、スピードを活かした戦闘をしている。

高速で移動しながら、確実にジェノザウラーを捕らえたビーム砲を放っている。

歩は明らかに彼女にあった。

しかし、彼女は忘れていたのだ。

この場にいたモルガは先ほど撃破したものを合わせて2機であったことを。

そして、モルガは砂地でのみ使用できる隠蔽機能を備えていることを。

突如目前に出現したモルガのミサイルをレイノスはかわすことができなかった。

モルガのパイロットの腕が悪かったようで頭部からそれたミサイルだったが、確実に左翼を捕らえていた。

片翼を失って墜落したレイノスをシェイルのジェノザウラーが踏み押さえる。

「おいおい・・・随分とやってくれたなぁ・・・おかげで俺の自慢のジェノザウラーがずたぼろになっちまったよ・・・」

「そちらが先に仕掛けてきたんじゃないですか!自業自得ですよ!」

ガキャッ!

「・・・ッ!」

ジェノザウラーに蹴飛ばされたレイノスは洞窟の入り口まで転がった。

「あなたたちは、ここにある伝説を狙って来たのですか?」

「そうだ。で、邪魔だったお前を潰してから入るつもりだったんだが・・・予想以上に手間取った。壁をぶち抜くための兵器のほとんどを使っちまった」

「・・・・・だから人は嫌いです」

「あぁ?」

「自分の事ばかり考えて他人のことは考えない・・・。あなたがこの遺跡を壊したら、ここに願いを託した、沢山の人々はどうなるのですか!?」

強気の言葉だった。

それも強がって言っている様子ではない。

「そんなこと俺は知らないな。そいつらが馬鹿を見ようと、何しようと」

「今、ここにとても大切な用のある人がいるんです。その人の大切な物が何で、何故ここにあるのかは私は知りません。でも・・・だから・・その人が大切な物を見つけて帰ってくるまで、私はここを護ります!」

迷いのない、凛とした声が響く。

そこには、一種の覚悟というものが感じられた。

「・・・ガキが・・・粋がるのも対外にしろ!!死にたくなければそこを退けぇぇぇぇ!!!」

シェイルがレイノスに向けて突進していく。

「嫌です!私はここを護ります!!」

(この少女・・・チッ!)

ジェノザウラーの牙がレイノスのコックピットを捕らえようとする。

「!!」

ガキィィ!!

ギュオオオオオォォォォ!!!!!

恐怖で目をしっかりと閉じた少女の耳に、甲高い雄叫び、いや、悲鳴が突き刺さる。

驚いて目を開けると、黒い竜の首を食いちぎらんばかりに力強く食らいつく紅い竜の姿があった。

ブレイカーはジェノザウラーを押し倒し、そのあごに更に力を加える。

「ハ、ハウンドォォォ!!!!貴様!!!!」

「言っただろう。必要があれば決別する、と」

ゴオオオオオ!!!!!!

ジェノザウラーは首と胴を押さえつけられ立ち上がれなかったが、逃れようと必死に暴れる。

「くっ・・・!貴様等!!何をしている!さっさと援護しないか!!!」

「し、しかし・・・今射撃をするとシェイルさんも危険です!」

「だれが射撃しろといった!!ベイカー、ジェノザウラー二機がかりなら容易いだろう!さっさと・・・」

ブレイカーが大きく首を振り、途中であごの力を緩めたためにジェノザウラーの体が宙を舞った。

ドォォン・・・

鈍い音を立ててジェノザウラーが地面に叩きつけられる。

「く・・そぉぉぉぉ!!!!このままでは済まさんぞ、ハウンドォォォ!!!!」

言いながら、開いた穴から放電している首をひるがえさせ逃亡して行く。

残ったモルガとジェノザウラーも後に次いで逃げだし、やがてその姿が見えなくなった。

レイノスの方を見ると、少女はコックピットから降りていた。

激しい戦闘だったが、見た限りではどこも怪我をしていないようだったので安心した。

「大丈夫か?」

「・・・はい。一応は・・・」

「なら、良かった」

ブレイカーを反転させようとしたが何となく思いとどまり、コーヒーを沸かして飲むことにした。

「・・・私、氷隼(ひとり)と言います。職業は運び屋です」

「フェル=ハウンド。盗賊だ・・・といっても傭兵のやる仕事しかしていないが」

苦笑するハウンドに、氷隼も微笑で返した。

「・・・先ほどは、ありがとうございました」

「遅かれ早かれ戦闘になっていた。財宝を見つける前と後の差だ。それより・・・」

左翼を破壊されたレイノス。

「すまなかった。もう少し早く手を貸していれば・・・な」

「いえ」

「軍に知り合いがいる。奴らなら、さほど金も取らずに修理してくれるだろう」

氷隼が黙って頷く。

ふと、ハウンドは戦闘中の彼女の言葉を思い出した。

“今、ここにとても大切な用のある人がいるんです。その人の大切な物が何で、何故ここにあるのかは私は知りません。でも・・・だからその人が大切な物を見つけて帰ってくるまで、私はここを護ります!”

「大切な人・・・か」

コップに口を付けていた氷隼が顔を上げた。

「どんな人だ?お前の大切な人というのは」

「・・・人を引き寄せ、笑顔にさせる不思議な方です」

口元が微笑んだ。彼女自身は気づいていないのだろうが、確かに微笑んでいた。

「人は嫌い、と言っていたな。・・・何か理由があるのか?」

「・・・・・人の心は、すぐに変わってしまうから」

氷隼の顔に影が落ちた。

聞いてはいけなかったのかも知れない。

そう思った。

「でも、今待っている人、リュウナさんの心はすぐには変わらない。そう思います」

心底その待ち人を信頼しているのだろう。

ハウンドは少しうらやましくなった。

俺には、そこまで信頼出来る人はいるのか。俺を信頼してくれる人はいるのか、と。

「ちなみに、あなたの心は変わってしまうものだと思って警戒しています」

「・・・それは少し酷くないか?」

「うふふ、冗談です」

「・・・お前、実は明るい性格しているだろ」

翌日 日が昇り、辺りが明るくなる。

遺跡の入り口ではすでに戦闘が開始されていた。

ジェノブレイカーと傷ついたレイノスを2機のジェノザウラーとモルガが攻撃している。

「しつこいな、あんた等も」

「貴様もな!さっさとくたばれよ!!」

2機のジェノザウラーを相手に、ブレイカーは苦戦を強いられている。

「・・・ッそこ!」

「くっ、なぜ位置がわかる!?」

レイノスは移動出来ないという大きなハンデを抱えながらもモルガと善戦を行っている。

隠蔽機能により姿を消したモルガの位置を砂埃からよんでそこを攻撃する。

腕の良いパイロットのみができる芸当だった。

やがて日が天高く上がった。

シェイル機(首に穴の開いたジェノザウラー)が食らいつこうとするが、ブレイカーはそれを横に移動して避ける。

「どうした、動きが乱れているぞ」

「貴様も・・な」

移動した先に狙いを定めていたベイカー機が集束荷電粒子砲を放った。

「ッ!!」

無理矢理機体を動かしてこれを避けるが、バランスが崩れ転倒してしまう。

すぐに体勢を立て直せたが、シェイル機が移動するには十分なほどに間を空けてしまった。

「終わりだ!」

腕を振り下ろすのと同時に、シェイル機がビーム砲の直撃を受けてよろけた。

「な、なんだ!?」

シェイルがビーム砲の道筋を向く。

そこにはモルガを片づけたレイノスが次の標的、ベイカー機に狙いを定めていた。

「もうお前を攻撃する必要はないからな!」

ブレイカーの方を向くと同時に、シェイル機の喉元にレーザーチャージングブレードが突き刺さった。

「な・・・ッ!」

力無くその場に倒れ込むシェイル機を確認したベイカーは、レイノスの攻撃をかわすとブレイカーに向かって直進した。

予想外だったこの行動に対処出来なかったブレイカーはベイカー機の体当たりが直撃する。

「ッ!」

体勢を整える前に更なる攻撃を加えるシェイル。

振り返り様にむちのように尻尾でブレイカーを叩きつけ、そのままレイノスに向けて砲撃する。

ブレイカーの背後からの攻撃を難なく避け、右の腕に噛みつく。

そしてハウンドがしたように大きく首を振った。

違ったのはあごの力を緩めなかった事くらいだろう。

結果、ブレイカーは右の腕を失い、レイノスのすぐ隣りの岩肌に叩きつけられた。

「ハウンドさんっ!」

「…大丈夫…といったら嘘になるな…」

ベイカーはすぐさまくわえた腕を吐き捨て、集束荷電粒子砲発射形態になる。

「ッ!しまっ・・・」

チャージが完了したベイカー機の口内に荷電粒子の塊が現れる。

それが口内を離れる瞬間、洞窟の入り口から颯爽と現れた1機の純白のゾイドがベイカー機を襲撃した。