もう泣くなよ

だ・・・って・・・お母さんも・・・お父さんも・・・う・・え・・えぇ

泣くなって

おうち・・・だって・・・・わ・・・たし、いくところがもう・・・

だったら、何処にも行かなければいいだろ

え・・・

何処にも行かないで、俺の側にいればいいだろ

そこをお前の居場所にすればいいだろ

・・い・・い・・・の

いいから言ったんだよ

あり・・が・・・とう

分かったらもう泣くな

う・・ん

              絶望の大地 〜紅の竜 “お帰りなさい”〜

シーラはもう泣いていなかった。

ただ、この世の終わりのような顔をして遠くを見つめているだけだった。

マクロードの顔にはもう驚きはなかった。

何を思っているのか、何を考えているのかすら分からないような無表情があるだけだった。

「人は生きていれば必ず死が訪れる」

マクロードが煙草をくわえ、火を点けながらポツリと呟く。

「まして、あの二人は戦場に身を置く者だった。・・・運が悪かっただけさ」

その言葉を聞いたシーラが振り向きもせずに言い放つ。

「冷徹・・・なんですね」

その声と表情には明らかに怒りが含まれていた。

「そう・・・見えるのか?」

怒鳴りつけようと振り向いくシーラ。

「当たり前です!何も・・・何もそんなこと言わなく――」

しかし、その言葉は途中で途切れた。

「・・・煙草逆さですよ」

くわえた煙草を見て、驚いたように今度は火のついた部分を加えて熱さで口から放す。

「私だって認めたくはない。認めないでいる方が楽だからな・・・。しかし、楽だからと言って 逃げ出すわけには行かないことだってあるんだ」

逆さに点けてしまった煙草の火を踏み消しながら後ろを向く。

シーラには、背を向けるマクロードの顔に何かがつたったような気がした。

突然、ブレードライガーの通信機がなり響いた。

マクロードは慌てて通信機のスイッチを入れた。

隣にはシーラがべったりとくっついている。

通信機のモニターは壊れたように砂嵐を映し出している。

「こ・・・・ら・・ア・・・・えるか・・応・・願う。・・ち・・アーク」

強いノイズだが、その名乗りははっきりと聞こえた。

「お兄ちゃん!?無事なの!?今どこ!?」

「お・・・シーラか。俺・・ハウンド・・無事・ぞ。・・は崩れ・・洞窟のな・・だ」

シーラとマクロードの表情がいっぺんに晴れる。

「埋まっているのか?どのくらいの深さだ、自力で掘って出られるか?」

シーラにかわってマクロードが質問した。

「大分深いようだ。掘っていこうとしてもいつ崩れるか分からない状態だ」

ノイズが無くなり、モニターもアークの顔を映し出す。

「どの辺に埋まっているか、説明できないか?」

「それは無理そうだ。それに、あまり上を踏み荒らされるとこの空間も埋まってしまう」

チィッ、というマクロードの舌打ちがシーラには聞こえた。

狭く、周りを土に囲まれた空間はブレイカーとコードでつながった電球の光りで照らされている。

ブレイカーとシルフィードは奇跡的にも損傷は受けていなかった。

何がどうなって助かったのかは二人にも分からない。

「何か、いい手は無いか?」

シルフィードのコックピットで外界と連絡を取っているのはアーク。

ハウンドはブレイカーの足下で足に怪我を負った男の手当をしている。

盗賊団ギガントの頭シュツルム=ブラムス。

彼は運悪く、落下してきた岩に愛機の頭部が潰され、本人も多少ながら怪我を負ってしまったのである。

「悪いことはするものではないな」

ハウンドが微笑しながら包帯代わりに服の汚れていない部分を切り取って患部に巻き付ける。

「さて・・・貴様には色々と聞きたいことがあるが・・・今はここを出ることに集中しよう」

突然ブラムスが声を上げて笑い出した。

「ここを出る?無理に決まっているだろが。悪あがきなんかしたって格好悪いだけだぜ!?」

その言葉を聞いたハウンドが鋭い眼孔でブラムスを見返し、言った。

「知らないのだったら、教えてやる。死への抵抗は・・・死ぬことへの悪あがきは最高に格好良いんだ」

ハウンドの声はけして大きくはなかった。

が、ブラムスの鳥肌を立たせるくらいの迫力は持っていた。

「それになオッサン、逃げてるだけじゃつまらないだろ?」

アークがシルフィードのコックピットから語りかる。

ブラムスはそれから黙り込んでしまったが、何かを考え込んでいるようにも見えた。

突然、ハウンド達が身をとどめている空間で小規模な落盤が起きた。

幸い、この落盤はこの空間の維持には問題はない。

しかし・・・

通信機の奥の方から何かが崩れるような音が聞こえた。

「お兄ちゃん!?何処か崩れたの!?」

「大丈夫・・奥・・・・少・・崩れ・・・・・だ・・達に・別状・・ない」

再び発生したノイズは消えることがなかく、モニターもそのまま砂嵐になってしまった。

「・・・大丈夫ですよね。私たちはもう祈ることしかできなくなってしまったけれど」

シーラがにっこりと微笑む。少し心配そうな笑みだったが、寂しさは微塵も感じられなかった。

マクロードも笑って答えた。

「当たり前だ」

グルルルル・・・

それに合わせるようにブレードライガーも小さく吼えた。

「今の落盤で電波の届きが悪くなったらしい。通信機はもう使えないな」

「自力で考えろ、か」

ハウンドがため息混じりで呟いた。

「デスザウラー・・・」

それにあわせるかのようにブラムスも呟く。

「おい、小僧共。この世で一番初めにデスザウラーで出撃した男を知っているか?」

「トビー・ダンガン少尉だろ。ゼネバス帝国の」

アークが返答すると、ブラムスはにやりと笑って続ける。

「そのデスザウラーは初陣で何をした?」

「ゴジュラスの大部隊とその基地の破壊だ」

ハウンドが答えた。しかし、この答えにブラムスは首を振った。

「俺が聞いているのはその後の事だ。トビーはどうやってそこから脱出した?」

「・・・そうか、荷電粒子砲で掘った穴から、か」

ハウンドが呟くと、ブラムスは黙って頷いた。

それから5分もしない内に準備は整った。

アークはシルフィードに搭乗し、その機体をハウンドとブラムスが乗ったブレイカーの隣へ移動させる。

「準備はいいな?」

「おう!」

「道がなければ作ればいい、か・・・。では・・行くぞ!」

ゴォォォォォ!!!!!!

ブレイカーが咆吼する。

一対のフリーラウンドシールドを天にかかげ、Eシールドを展開させる。

そして、ブレイカーは一筋の光りを打ち出した。

光りは彼らの前方の土の塊を粉砕する。

同時にEシールドの上にも大きな土の塊が落下してくる。

グォォォォォ!!!!!

シルフィードが咆吼する。

持てる限りの全ての弾薬を、崩れて壁の役割を失い、足下に迫ってくる土の塊にたたき込む。

幾ら撃ってもきりがないことなどは分かっている。

ただ、もってくれさえすればいいのだ。

一筋の光りが、彼らを無限の光りが降り注ぐ場所に導いてくれるまで。

「「ゥオオオオオオ!!!!!」」

ブラムスは黙って二人を見ていた。

彼が何を考えて、何を思っているか等は分からない。

もしかすると、この二人に若き日の自分を重ねているのかも知れない。

だが、そんなことは知る由も、知る必要もなかった。

突然、地中より現れた一筋の光りはシーラとマクロードの、そこにいた全ての人の目に映った。

やがて光りはその勢いを失い、夕焼けにとけ込むようにして消えていった。

シーラが走り出した。

「迎えに行ってきます!」

ルーンクロノスを駆って真っ直ぐに光りが出現した場所に向かう。

ふと、隣りにブレードライガーが走っていることに気がついた。

その時、口元が少しだけ笑っていることにも気がついた。

それはきっとマクロードの言葉を、アークを信じ切っているからに違いない。

目的の山と基地との丁度中間まで来たところでブレードとルーンクロノスは急停止した。

そして、二人ともほぼ同時に愛機から降り立つ。

シーラが呟いた。

「・・・お帰りなさい」

満面の笑みだった。

彼女達の瞳には傷つき、泥で汚れた2機のゾイドが映っている。

その2機もまた、その場で停止し、コックピットが開いた。

「ただいま」

シーラがかけよってアークに抱きつく。

「私・・・お兄ちゃんが・・・いなくなっちゃったかと・・・・・おもって・・・・・」

涙が堰を切って流れ出す。

止まらない涙。しかし、それでいい。止まらなくたってよい。止める必要のない涙なのだから。

「俺はいつもお前の隣にいる。何処へも行かない。 お前の居場所は俺の隣だ。それを壊したりなんかしない。絶対に、な」

「お兄ちゃん・・・う、うぇ〜ん」

ハウンドとマクロードはそれを一歩離れたところから見ていた。

「お前はいつもと変わっていないようだが・・・心配してもくれなかったのか?」

微笑しながらハウンドが言った。

マクロードは火を点けた煙草を口にくわえながら微笑して答えた。

「そう見えるのか?」

「・・・ハッ、そう見えるから言ったんだよ」

空は紅く染まっていた。

空だけではない。

広く、深く広がる森も、何処までも続く地平線も、全て紅く染まっていた。

その後のブラムスの話で今回の攻撃も、そのための武装の調達も全てグラン=ニコラスに よるものだった事が明かされた。

そして翌日、ブラムスは帝国の警備隊に引き取られていった。

去り際に一言残して、微笑みながら連行されるその姿は何処か晴れがましかった。

「小僧共、精進しろやな。また生きていたら何処かで会おうや」

それを見送ったあと、ハウンドがマクロードに尋ねる。

「帝国基地を助けた上に、機体まで傷つけた。これは何らかの罪に問われるんじゃないのか?」

「罪?私たちは戦力を削がれた“町”を襲ってきた盗賊団を潰しただけだが?」

「嘘はいかんな」

「ここの連中は戦う力を失っただろう。戦力のない集団の集まりだ。立派な“町”じゃないか」

一呼吸おいてマクロードが言った。

「・・・さて、そろそろ引き上げるか。行くぞ、テュア、セリア」

「はい。それじゃ、また会いましょうね」

「了解しました。では、皆さん、縁があったらまたお会いしましょう」

それから1時間後の格納庫にはブレイカーの姿はなかった。

「無愛想だな。一声でも掛けてくれれば良かったのにな」

「そうだね。・・じゃ、私たちも行きましょうか、お兄ちゃん」

「・・・ああ。そうだな」

帝国軍第19基地の周辺には幾つかの山岳が連なっている。

そのうちのひとつから、この基地を見下ろす黒い影があった。

「今回は少々つまらなすぎましたかねぇ」

その中で不適に笑う者がいる。

「次はこの私と・・・ダークエージ・フューラーがお相手いたしましょう。クックック・・・」

たたずんだ黒き凶獣が咆吼を挙げた。

その凶獣の力は、恐ろしさは一体どのくらいのものなのか・・・。

それはまだ、誰にも分かっていなかった。

そう。

まだ、誰にも・・・。