帝国軍第306小隊“フェルハウンド”が味方の撤退の為に滅んでから3日たった。
“フェルハウンド”の隊長フィクス=フェネラル中尉は、帝国領のクラム基地の最高司令官室部屋にいた。
今回の戦闘の総司令官は、この基地の最高司令官カーファスト=グリューネル少将だった。
絶望の大地 〜帝国軍第306小隊 其の弐:愚将〜
「何故です!何故、我々を見捨てて帰還したのです!」
恐ろしいほどのけんまくでグリューネルを問いただすフィクス。
それに対し、グリューネルはあくまでも冷静に問い返した。
「ほぅ、では貴様は国のためには死ねん、と言うのだな?」
「そうは言ってないでしょう!現に危険を承知で敵本陣を目指していたでしょう!
そもそも、あの作戦は手はず道理なら成功していました!あの時、あなた方がちゃんと出撃を・・・」
言い終わらぬ内にグリューネルが怒鳴る。
「何をばかげた事を!あの作戦が成功する?そんな分けなかろう!あの撤退があったからこそ、
滅んだのが貴様の腰抜け部隊だけですんだのだ!あんなへぼ部隊など、無くなって当然だったんだよ!」
「なっ、なんだと!貴様ぁぁぁ!!!」
グリューネルの身勝手な暴言に激怒したフィクスは腰のショルダーパットから銃を取りだし、グリューネルに向けた。
途端にグリューネルの顔から血の気がうせ、椅子から転げ落ちた。
「ま、まて!ここで私を殺せばお前は帝国にいられ無くなるぞ!それにあの撤退は私の考えでなく・・・」
その時、突然ドアが開き、衛兵6人と共に一人の男が声を上げて入ってきた。
「そこまでだ!逆賊め!」
グラン=ニコラス。
階級は少尉。
少尉で有りながらもこの基地の参謀を務めるこの男は、人望も兵士達からの信頼も厚い。
フィクスも噂は聞いていたが、会うのは初めてだった。
フィクスは衛兵等により直ちに束縛された。
グリューネルはというとグランに手を借り、椅子に戻っていた。
「ふん、そんな逆賊などさっさと殺してしまえ!」
そう言ってフィクスに向けて机の上にあった灰皿を投げつけた。
ドカッ!
束縛され、身動きも出来ないフィクスの頭部に命中した灰皿は彼の血と共に床に落ちて割れた。
フィクスの頭からぽたぽたと赤い滴がしたたりおちる。傷は深いようだ。
「ははは!いい気味だ!」
グリューネルの高笑いの中、フィクスは衛兵に連れられて部屋を出た。
廊下に出ると衛兵達の足取りが若干速くなった。
フィクスもそれにあわせるが、頭から出欠しすぎたらしく、足下がふらつき、
2つ目の角を曲がったところで倒れて気を失ってしまった。
気が付くとどこか薄暗いところにいた。
頭には包帯が巻かれている。
出欠も止まったようだ。
ふと、何者かの声がした。
「気がつかれましたか。どうです、気分の方は?」
暗くて顔は解らないが、若い男のようだ。
男がそばにあったろうそくに火を付ける。
瞬間、男の顔が鮮明になり、フィクスは隠せないほどに驚いた。
その男は、なんと先ほど自分を「逆賊」呼ばわりして見せたグランだった。
「先ほどの無礼、お許し下さい。グリューネルを欺くためとはいえ、“逆賊”などと・・・」
この男はフィクスに非をわびるとグリューネルの事を語った。
聞くところによると、グリューネルの評判はこの基地内ですら良くないらしい。
戦争や政治より優先して女と酒を大切にし、兵士には休まず働かせ、少しも休む間を作らない。
そのような愚者が、何故少将のような高い地位でいられるのか。
金であった。
罪人が引き立てられても金で無罪にし、その金を帝国上層部に送ってこの地位を守っている、とのことだった。
「もはやこの国は腐っています・・・」
(そんなことはこの話を聞く以前から解っていた。
最高権力を持つプロイツェンが再び戦争を始めた時から)
グランは続けた。
「ですから中尉、どうか私と共に共和国に・・・」
フィクスの目つきが変わる。
「お前、自分で何を言っているか解っているのか!?」
「大丈夫です。ここは誰にも聞かれたりしない空間なのです」
「そう言うことをいったのではない!今の言葉は本心か、と聞いたのだ!」
グランは黙って、されど力強くうなずいた。
「そうか。・・・お前には傷を手当してもらった借りがある。俺は何も聞かなかったことにしておく」
「ダメ・・・ですか」
フィクスは黙って立ち上がり、出口を尋ねた。
「ここから格納庫に出られます。中尉のZBは修理されているはずです」
「その心遣い、感謝する」
外にでるとすでに空は赤くなっていた。
格納庫から出るときに、もう一度、グランが尋ねたが、フィクスは答えなかった。
「さて・・・と。何処へ行くか・・・・・」
ジェノブレイカーは走り出した。
(・・・腐っている・・・か。帝国も変わったな・・・)
目の前に広がる、この広すぎる広野も、やがて暗黒に染まっていく。
いつまで続くとも解らない暗黒に・・・。